「(懸紙ウハ書)天野小四郎殿 治部大輔」

遠江国犬居山中内宇名・横河名職并宇名之内新田共、都合五拾貫文定納、同陣夫五人代官職事、領掌訖、然者此外山中次之所務、諸納所等之儀者、一円為新給恩所宛行也、其上百姓就及違乱者、名職令改易、新百姓可申付、縦本百姓令参府、雖及直訴不可許容、永代官職不可有相違之状如件、

天文廿一年[壬子]十二月十二日

治部大輔(花押)

天野小四郎殿

→戦国遺文今川氏編「今川義元判物」(広島大学日本史学研究室所蔵天野文書)

 遠江国犬居、山中内の宇名・横河の名主職、それと宇名の内の新田を合わせて、合計50貫文の納税額。同じく5名の陣夫と代官職のこと。承知した。このほか山中での経営上発生する諸々の収入は、全て新規恩賞と見なして宛て行なう。その上で百姓が違乱するならば、名主職を取り上げて新しい百姓を据えるように。たとえ元の百姓が駿河府中で訴訟を起こしても、直訴を許すことはないだろう。代官職は末永く相違はない。

ロジャー・ライダーフッドという悪役が登場する。この人物は最初の章から完全な小悪党として出てきているが、何とも捕らえどころないキャラクターに思える。物語が始まる前に彼は収監されている。どうも強盗殺人をしたらしい、という設定だが、本人が頑強に否定するため服役したにも関わらず「らしい」が消えない印象になっている。

この男が本当にそこまでの悪人なのかという疑問は、話が進展するにつれて強まる。やっていることは密告や窃盗といったレベル。自分を真面目な人間だと韜晦する定型的な台詞回しからしても、どことなくユーモラスにすら描かれる。ブラッドストンのような近代的殺人者と比べると、どうしても狂言回しの中世的悪党に見えてくる。

だが、ライダーフッドのような悪人こそが極めて現代的な悪人だという定義も可能である。

  1. 自分で自分に暗示をかけている
  2. 1であることを薄々判って利用している
  3. 弱者から金をたかり、仲間の信義を売っても良心が痛まない
 3については少々複雑なシステムが使われているように思う。1の自己暗示でライダーフッドは「自分はとにかく虐げられている。この程度の権利はある」という鬱憤を用いており、退嬰的な自己肯定の基本部分にしている。21世紀の現代日本でいうところの「(自分に合わせてくれない)社会が悪い」がそれに近い。
 全てを他者のせいにして自分は飄々としている、という点でライダーフッドは救いようのない悪人だと描いているのかも知れない。実際、死と再生がテーマの本作で、蘇生しながら人格が変われなかったのはライダーフッドのみである。