上杉顕定、三田弾正忠に、高倉偵察を含む作戦動向を知らせる一方、椚田防御が重要であることを示す
就其口敵相動注進、只今戌刻到来、火手見候上無心元候間、長尾修理亮其外至于高倉差越候処、敵入馬候由、告来候間、至于酉刻帰陣、今日刷之次第、被露紙面候、無是非候、椚田事大切候、彼地へ動候者、則被馳籠、堅固之備肝要候、恐々謹言 …
就其口敵相動注進、只今戌刻到来、火手見候上無心元候間、長尾修理亮其外至于高倉差越候処、敵入馬候由、告来候間、至于酉刻帰陣、今日刷之次第、被露紙面候、無是非候、椚田事大切候、彼地へ動候者、則被馳籠、堅固之備肝要候、恐々謹言 …
久下信濃守事、累年相守当方、忠節異于他候、寔可被聞及候、仍近日可参宮分候、然者東海道於可透候間、往還無相違様、伊勢宗瑞方へ懇被申越候者、可喜入候、恐ゝ謹言、 正月晦日 可諄判 長尾左衛門入道殿 →神奈川県史 資料編36 …
岩堀罷帰之刻、以口上御懇蒙仰候、畏入候、其已後雖可申入候、路次断絶之間、遅延候、就爰元様躰、進出羽山伏候、去月十日比、憲房上州衆被引立、毛呂要害へ被取懸候、時分柄、有案内者、無水時節被成調儀候、於彼地可致一戦以覚悟、十月 …
政長復先忠之上、無二相守走廻候者、可為神妙候也、 二月五日 (高基花押) 栃木雅楽助とのへ →戦国遺文 古河公方編558「足利高基書状写」(新編会津風土記四) 政長が先の忠義に復した上は、第一に守って活躍するならば神 …
相守右京亮、致堪忍之条、神妙候也、 十月十七日 (政氏花押) 正木図書助とのへ →戦国遺文 古河公方編471「足利政氏書状」(早稲田大学図書館所蔵知新集三所収文書) 右京亮を守って堪忍したので、神妙です。
無二仁相守右京大夫、可存忠儀候也、 八月九日 (花押) 小野崎越前守殿 →足利政氏文書集95「足利政氏書状」(秋田採集文書) 第一に右京大夫を守り、忠義に思います。
永々在陣故、自駿州御厨帰宅、先以非無理候、既追日彼陣無勢之上者、以夜継日打越候者、可為感悦候、遅々不可宥曲候、謹言、 四月三日 顕定 矢野安芸守殿 →駿河台大学論叢第40号32「矢野安芸守宛書状写」(紀伊国古文書藩中古文 …
今度走廻、為御感、被成御書候、謹言、 十一月五日 [古河公方晴氏御判也]在判 太田豊後守殿 →戦国遺文 古河公方編675「足利晴氏感状写」(感状写) 天文23年に比定。 この度の奔走、お感じになられました。御書状を成 …
今度馳参走廻之条、神妙候、 永正十七年八月廿八日 (高基花押) 中里対馬守とのへ →戦国遺文古河公方編537「足利高基感状」(伊沢正作氏所蔵文書) この度馳せ参じて活躍したのは、神妙です。
今度河越仁罷立御座候時分、懇申上候、殊ニ鷹進上、御喜悦候、巨細簗廻下野守仰含候、謹言、 六月朔日 [足利晴氏之由]花押 毛呂土佐守殿 →戦国遺文 古河公方編653「足利晴氏書状写」(山田吉令筆記所収家譜覚書) 天文15 …