ロジャー・ライダーフッドという悪役が登場する。この人物は最初の章から完全な小悪党として出てきているが、何とも捕らえどころないキャラクターに思える。物語が始まる前に彼は収監されている。どうも強盗殺人をしたらしい、という設定だが、本人が頑強に否定するため服役したにも関わらず「らしい」が消えない印象になっている。
この男が本当にそこまでの悪人なのかという疑問は、話が進展するにつれて強まる。やっていることは密告や窃盗といったレベル。自分を真面目な人間だと韜晦する定型的な台詞回しからしても、どことなくユーモラスにすら描かれる。ブラッドストンのような近代的殺人者と比べると、どうしても狂言回しの中世的悪党に見えてくる。
だが、ライダーフッドのような悪人こそが極めて現代的な悪人だという定義も可能である。
- 自分で自分に暗示をかけている
- 1であることを薄々判って利用している
- 弱者から金をたかり、仲間の信義を売っても良心が痛まない
3については少々複雑なシステムが使われているように思う。1の自己暗示でライダーフッドは「自分はとにかく虐げられている。この程度の権利はある」という鬱憤を用いており、退嬰的な自己肯定の基本部分にしている。21世紀の現代日本でいうところの「(自分に合わせてくれない)社会が悪い」がそれに近い。
全てを他者のせいにして自分は飄々としている、という点でライダーフッドは救いようのない悪人だと描いているのかも知れない。実際、死と再生がテーマの本作で、蘇生しながら人格が変われなかったのはライダーフッドのみである。