北条氏政、佐竹中務大輔に、同義重と白川氏との和睦のため、執り成しを求める
向白川御出馬之由、其聞候■無御心元旨、義重へ以使申届間、可然様御指南、可為本望候、就中白川之儀、不一代申通之条、同者一和之儀所希候、於御馳走者可為本懐候、猶源三可申候、恐ゝ謹言、 二月十二日 氏政(花押) 佐竹中務太輔 …
向白川御出馬之由、其聞候■無御心元旨、義重へ以使申届間、可然様御指南、可為本望候、就中白川之儀、不一代申通之条、同者一和之儀所希候、於御馳走者可為本懐候、猶源三可申候、恐ゝ謹言、 二月十二日 氏政(花押) 佐竹中務太輔 …
御貴札奉披閲候、■承意、輝虎出張東上州ニ在陣、其上去月十日号桐生地へ兵粮可指入擬を以、越州■■■■処、頓速被乗向候之条、兵粮一粒も城中へ不入得、剰翌朝退散候、指向所雪水満水人馬之渡依無之、川上へ押廻、無二可遂一戦由被存候 …
急度染一筆候、仍自氏政如催促者、以其表之人数、至沼田・厩橋之間、一動所望由候、無拠儀候条、各乍大義、内藤有談合、河東へ可被相勤事肝要候、委曲令附与玄東斎口上候間、不能具候、恐ゝ謹言、 壬十一月九日 勝頼(花押) 浦野宮 …
極月十二日之御懇札、当年昨九日令披見候、条々御懇志本望至極候、仍旧冬於関宿始佐・宮東方之衆、氏政懇望、就此儀、御存分具被露御紙面候、尤子候左衛門大夫ニ申付、氏政具為申聞候様ニ、随分意見可申付候、幸佐・宮和之上者其口之調儀 …
就其口敵相動注進、只今戌刻到来、火手見候上無心元候間、長尾修理亮其外至于高倉差越候処、敵入馬候由、告来候間、至于酉刻帰陣、今日刷之次第、被露紙面候、無是非候、椚田事大切候、彼地へ動候者、則被馳籠、堅固之備肝要候、恐々謹言 …
久下信濃守事、累年相守当方、忠節異于他候、寔可被聞及候、仍近日可参宮分候、然者東海道於可透候間、往還無相違様、伊勢宗瑞方へ懇被申越候者、可喜入候、恐ゝ謹言、 正月晦日 可諄判 長尾左衛門入道殿 →神奈川県史 資料編36 …
岩堀罷帰之刻、以口上御懇蒙仰候、畏入候、其已後雖可申入候、路次断絶之間、遅延候、就爰元様躰、進出羽山伏候、去月十日比、憲房上州衆被引立、毛呂要害へ被取懸候、時分柄、有案内者、無水時節被成調儀候、於彼地可致一戦以覚悟、十月 …
政長復先忠之上、無二相守走廻候者、可為神妙候也、 二月五日 (高基花押) 栃木雅楽助とのへ →戦国遺文 古河公方編558「足利高基書状写」(新編会津風土記四) 政長が先の忠義に復した上は、第一に守って活躍するならば神 …
相守右京亮、致堪忍之条、神妙候也、 十月十七日 (政氏花押) 正木図書助とのへ →戦国遺文 古河公方編471「足利政氏書状」(早稲田大学図書館所蔵知新集三所収文書) 右京亮を守って堪忍したので、神妙です。
無二仁相守右京大夫、可存忠儀候也、 八月九日 (花押) 小野崎越前守殿 →足利政氏文書集95「足利政氏書状」(秋田採集文書) 第一に右京大夫を守り、忠義に思います。