上杉顕定、長尾信濃守に、扇谷定正との戦闘状況を伝える
自堀内之文箱等給候、毎事懇之条、難謝候、向後弥対堀内無等閑候者、本懐満足候、仍徳恵首座帰路ニ委曲被申越候、喜悦候、国中速静謐、目出大慶候、猶以無油断様、意見肝要候、疵未思様候哉、被印判候、無心元候、定漸ゝ可為自由候歟、将 …
自堀内之文箱等給候、毎事懇之条、難謝候、向後弥対堀内無等閑候者、本懐満足候、仍徳恵首座帰路ニ委曲被申越候、喜悦候、国中速静謐、目出大慶候、猶以無油断様、意見肝要候、疵未思様候哉、被印判候、無心元候、定漸ゝ可為自由候歟、将 …
去十五日簡札一昨日到着、具披閲、抑旧冬招越越州衆進発、然間、武相両州敵城、或自落、或攻落候之故、速静謐、依之懇切承候、快悦之至候、仍治部少輔朝良令隠遁、名代事彼家老者歎候間、言上之処、可被相任之段、被成御書候、如斯之上、 …
就武州上戸難儀、各差遣候処、向相州相動候由、注進到来、数日陣労察之候、謹言、 十二月六日 房能(花押) 発智六郎右衛門尉殿 →神奈川県史 資料編36448「上杉房能感状」(発智文書) 1504(永正元)年に比定。 武 …
先刻如啓候治部少輔并今川五郎・伊勢新九郎入道対陣、於軍者、可御心安候、既 公方様御発向之上者、不移時日、自身出陣候様、武田五郎方へ被届可然旨、遅々不可有曲候、巨細長尾右衛門尉可申述候、恐ゝ謹言、 九月廿五日 顕定(花押 …
[封紙ウハ書]「上杉小五郎殿 政氏」 復已前之儀、関東静謐事、可有申沙汰之由、顕定言上候者、弥相守彼儀、致忠節候者、可然候、謹言、 五月十三日 (政氏花押) 上杉小五郎殿 →戦国遺文 古河公方編1865「足利政氏書状」 …
去年十二月廿六日、於相州実田要害、自身被疵、被官等同前、粉骨之至感之候、弥励軍功候者、可為神妙候、謹言、 正月十三日 房能(花押) 発智六郎右衛門尉殿 →神奈川県史 資料編36449「上杉房能感状」(発智文書) 150 …
敬白 毛呂平三 季長(花押) ■月廿六日 北坊 御報 →北区史582「毛呂季長書状」(八代国治氏所蔵文書) 仙波仏蔵院主に宛てたもので永正年間に比定。前後には扇谷上杉系の書状が並ぶ。
就神奈川 上様御進退事、自白井断而被進御文候歟、殊外驚思食、色ゝ被仰越候哉、以斎藤式部入道、条ゝ御意見旨共候、速有御下向、此方御意見之筋目被聞召合、始末無相達様、此度御返事候様ニ、可有御意見候、万一御聊尓御返事候者、五郎 …
相守譜代之筋、神妙仁走廻之条、官途被下置也、 天正十二年 七月廿八日 義昌(花押) 福田民部少輔殿 →古河市史1472「小野崎義昌官途状」(福田昇造氏所蔵文書)。この時期の「義昌」は小野崎氏しか該当しないものの、なお検討 …
遥ゝ不申通候之条、馳一翰候、先日枕流斎帰路以後、早ゝ可及御返答、敵動故遅ゝ、重而以枕流斎可申入候、雖然如聞得者、越中口為御静謐、于今彼口ニ被立御馬之由候条、先山吉方訖内義申届候、此飛脚ニ案内者被指副、無相違被相透給候、万 …