北条氏繁、白川義親へ、関東の戦況を伝え、蘆名氏との誓詞交換の促進を依頼する
御貴札奉披閲候、■承意、輝虎出張東上州ニ在陣、其上去月十日号桐生地へ兵粮可指入擬を以、越州■■■■処、頓速被乗向候之条、兵粮一粒も城中へ不入得、剰翌朝退散候、指向所雪水満水人馬之渡依無之、川上へ押廻、無二可遂一戦由被存候 …
御貴札奉披閲候、■承意、輝虎出張東上州ニ在陣、其上去月十日号桐生地へ兵粮可指入擬を以、越州■■■■処、頓速被乗向候之条、兵粮一粒も城中へ不入得、剰翌朝退散候、指向所雪水満水人馬之渡依無之、川上へ押廻、無二可遂一戦由被存候 …
就其口敵相動注進、只今戌刻到来、火手見候上無心元候間、長尾修理亮其外至于高倉差越候処、敵入馬候由、告来候間、至于酉刻帰陣、今日刷之次第、被露紙面候、無是非候、椚田事大切候、彼地へ動候者、則被馳籠、堅固之備肝要候、恐々謹言 …
岩堀罷帰之刻、以口上御懇蒙仰候、畏入候、其已後雖可申入候、路次断絶之間、遅延候、就爰元様躰、進出羽山伏候、去月十日比、憲房上州衆被引立、毛呂要害へ被取懸候、時分柄、有案内者、無水時節被成調儀候、於彼地可致一戦以覚悟、十月 …
相守右京亮、致堪忍之条、神妙候也、 十月十七日 (政氏花押) 正木図書助とのへ →戦国遺文 古河公方編471「足利政氏書状」(早稲田大学図書館所蔵知新集三所収文書) 右京亮を守って堪忍したので、神妙です。
無二仁相守右京大夫、可存忠儀候也、 八月九日 (花押) 小野崎越前守殿 →足利政氏文書集95「足利政氏書状」(秋田採集文書) 第一に右京大夫を守り、忠義に思います。
大沢右京父子去年上田一戦之時討死、然処名代可相続骨肉無之歟、因茲為近所故、孫子亀寿致彼遺跡、忠儀不断絶様ニと申候哉、殊彼骨肉親類中ニ無拠遺跡可令相続人体罷出申事候者、其時者不及異義可相渡段、以書付申之間、任其義候、彼後家 …
[封紙ウハ書]「(異筆)『永正九年七月七日到来』横瀬新六郎殿 高基」 今度長尾但馬守相談、於其口大功候之条、忠信之至候、然者、至武州憲房出陣、被相急之様景長令談合、可加意見候、巨細昌松首座可令対談候、謹言、 七月二日 …
無二相守梅犬丸、致専公儀之忠節候者、可為神妙候也、 三月廿九日 (成氏花押) 島津隼人佐とのへ →戦国遺文 古河公方編224「足利成氏書状」(早稲田大学図書館所蔵下野島津文書) ひたすらに梅犬丸を守り、公儀の忠節を専 …
加藤丹後守由井へ相移候之処、自由井無用之由候哉、就之可被任其意候、仍如令附与大蔵丞口上候、跡部二郎衛門尉小田原ヘ相移之上者、上口へ可出馬之旨申越候、雖然葛山方之覚悟、不聞届候間、下口へ可進陣候、猶御厨辺之義、先日以跡次如 …
長篠之儀、自其地別而馳走喜悦候、此時弥無由断堅固之様可走廻事専要候、当国一途之条、近日向三州人数申付之間、可心安候、委細酒井右京進・朝比奈八郎兵衛尉申候也、謹言、 十月十六日 氏真(花押) 鈴木三郎大夫殿 →戦国遺文 …