日記類

山科言継、藤枝を発ち、遠江国掛川天然寺に宿泊する

二日、丙辰、晴、牟礼、飯尾長門、甘利佐州、矢部縫殿之中へ一首遣之、同牟礼贈答、  わすれめやかゝる情の花もなを匂ふ千枝の里のかりふし 拾  こゝもけに匂ふ千枝の花なるにかへるさいそく雲の上人 元誠 朝〓(冫+食)以後起藤 山科言継、藤枝を発ち、遠江国掛川天然寺に宿泊する

三河国猿投社の八講、尾張衆の同国高橋荘乱入により取りやめとなる

永禄九年・十年両年者、庄内江尾州衆切入乱入ニ付候て、八講無之候、 →愛知県史 資料編11「八講牒」(猿投神社文書)  1566~7(永禄9~10)年の2年は、高橋庄内に尾張国の軍勢が侵入して戦闘したため、八講はありません 三河国猿投社の八講、尾張衆の同国高橋荘乱入により取りやめとなる

1559-1561年の異常気象

1559(永禄2)年 ○正月甲斐雪水大に民舎田圃を没す(妙法寺記)○十月十六日大雷雨十二月七日雷雨是日甲斐大雨水溢れて人家を没す(御湯殿上日記)○六月炎旱(厳助往年記)○是歳疫疾流行(妙法寺記) 1560(永禄3)年 ○ 1559-1561年の異常気象