尾張国津島社神主紀広長、屋敷地を売る
■■■■し申候大日屋しきの■■ 合壱反者 ■■■■有要用ニ代物七貫文ニ■■■うりわたし申候処ニ実正也、■■■下一同之徳政入候共、■■■孫々違乱煩候ましく候、■■■後日永代うりけん状■■■件、 神主兵部少輔 広長( …
■■■■し申候大日屋しきの■■ 合壱反者 ■■■■有要用ニ代物七貫文ニ■■■うりわたし申候処ニ実正也、■■■下一同之徳政入候共、■■■孫々違乱煩候ましく候、■■■後日永代うりけん状■■■件、 神主兵部少輔 広長( …
一 外宮御材木十二月廿一日カツゝゝ到来ス、 一 天文十年三月六日ニ金五枚尾州来ル[久志本周防守殿使] 其以後代物ニテ渡ル、合七百貫文弾正忠ヨリ渡ル、 (中略) 一 [天文十年]九月廿四日ニ、祭主殿・行事官下向アリ、于 …
雖未通候、令啓達候、抑両太神宮御仮殿朽損以外候、然間、六角殿江依懇望、内宮御仮殿造替候、就先年両太神宮遷御前儀、外宮可為先之由、公武御教書厳重候、其謂内宮江相届之処、彼造宮延引候、外宮造営料難調候、此節以御神忠、致成御造 …
一渓道看 天文九年六月六日 松平左馬助長家 月峰秀光 天文九年六月六日 松平甚六郎 信翁祥忠 天文九年六月六日 松平源次郎 [清康御舎弟信家、又信康] 明微道光 天文九年六月六日 …
久閣筆候、疎遠之至■、仍就土岐美濃守入国之儀、尾州織田備後守令相談■由候、然者彼国境目等不及再■、弥無事之段、可喜思食■、武家御内書如此候、依■有見除子細、被仰候、■佐々木弾正少弼使僧可申伝候也、状如件、 七月五日 今川 …
参河・尾張国境目之儀、扨下向之由候、暑気之時■苦労候、仍彼城之儀、自■存分、定不可残候歟、然■美濃守入国間之事、仍無事之段如此間、置目■相違之様、以御内書之■、可被申調事肝要候、委■令直談候条、令省略候也、謹言、 七月六 …
中村方三郷事、任桃岩判形之旨、令扶助候、如先乱知行、於末代不可有相違者也、仍状如件、 天文廿壱 十月廿一日 三郎 信長(花押) 玄蕃允殿 →愛知県史 資料編10「織田信長判物」(尊経閣古文書纂 編年文書) 中村方三郷の …
就商買之儀、前々出置如判形、田畠・野浜・屋敷等、欠所之儀、雖申付、不可有別義之、次今度錯乱、御器所近所下地并賀藤省安・同十右衛門尉分、次所申付候共、任代々免許旨、不可有相違者也、仍状如件、 弘治四年 正月廿七日 信長( …
参河国高橋庄内長興寺領之事 右、代物参拾参貫五百余、米八石六斗八升、其外被拘来山林等、如年来永不可有相違、并諸塔寮舎余是又任前々寺務領掌訖、[目録別紙加印判、]門前在家参拾間棟別諸役如近年免許之、末寺之僧出仕就無沙汰者、 …
大浜之下宮神領大略売渡、其身者闕落分由候、曲事候、雖然酒井与四郎親類之事候て、懇望仕候、此神領誰々買候共、不可有異儀候、乍去広忠一行出候儀者、相違有ましく候、惣別向後も不及理、神領買仕候者、双方可成敗者也、仍如件、 天文 …