今川氏真、牧野右馬允の被官稲垣平右衛門尉が活躍したことを賞す
[懸紙ウハ書]「牧野右馬允殿 氏真」 今度戸田主水助別心、松平蔵人相動、所々致取出之処、被官人稲垣平右衛門尉馳走之由、喜悦候、此時弥忠信肝要候、本意之上可加扶助候、此趣可申聞候也、謹言、 五月十七日 氏真(花押影) 牧 …
[懸紙ウハ書]「牧野右馬允殿 氏真」 今度戸田主水助別心、松平蔵人相動、所々致取出之処、被官人稲垣平右衛門尉馳走之由、喜悦候、此時弥忠信肝要候、本意之上可加扶助候、此趣可申聞候也、謹言、 五月十七日 氏真(花押影) 牧 …
今度於引間郷飯田合戦之時、敵襲来之処ニ、抽軍中入馬代崩敵、殊小山六郎兵へ切伏之由、雖不始于今、太以感状也、弥可励軍功之状如件、 永禄六年 閏十二月十六日 上総介 判 朝比奈右兵衛大夫殿 →戦国遺文 今川氏編1953「今 …
去廿四日、於引間口孫妻河端一戦時、最前入馬雖為不始于今儀、蒙疵尽粉骨之段感悦之至也、并与力被官人等以高信見合、無比類走廻之条神妙也、弥可励忠功之状如件、 永禄七年 三月二日 上総介 大村弥兵衛殿 →戦国遺文 今川氏編1 …
去廿四日、引間口於孫妻河端一戦之時、拘置牢人同名刑部二郎、於鑓下弓仕之由神妙也、弥可走廻之旨可申状如件、 永禄七年 三月二日 上総介 大村弥兵衛殿 →戦国遺文 今川氏編1972「今川氏真感状写」(御家中諸士先祖書) …
去廿四日、於引間口孫妻河端一戦之時、於鑓下走廻弓仕之段神妙也、此旨被官桜田彦右衛門ニ可申聞之状如件、 永禄七年 三月二日 上総介 大村弥兵衛殿 →戦国遺文 今川氏編1975「今川氏真感状写」(御家中諸士先祖書) 去る …
去二月十八日夜、市野取出江乗入端城押破時、被官村田小伝次頸一討捕之畢、太以無比類、弥可走廻之段可申付状如件、 永禄七年 三月二日 上総介 大村弥兵衛殿 →戦国遺文 今川氏編1977「今川氏真感状写」(御家中諸士先祖書) …
去廿四日、引間口於孫妻河端一戦之時、被官森下吉内走廻、於鑓下弓仕之由神妙也、弥可抽戦忠之由申付之状如件、 永禄七年 三月二日 上総介 大村弥兵衛殿 →戦国遺文 今川氏編1976「今川氏真感状写」(御家中諸士先祖書) …
去廿四日、引間口於孫妻河端一戦之時、被官神村喜六於鑓下鉄炮相放之段神妙也、弥可抽軍功之状如件、 永禄七年 三月二日 上総介 大村弥兵衛殿 →戦国遺文 今川氏編1974「今川氏真感状写」(御家中諸士先祖書) 去る24日 …
去廿四日、引間口於孫妻河端一戦之時、被官小左近鉄炮相放走廻之段神妙也、弥可抽戦功之由可申付者也、仍如件、 永禄七年 三月二日 上総介 大村弥兵衛殿 →戦国遺文 今川氏編1973「今川氏真感状写」(御家中諸士先祖書) …
去廿四日、引間口於孫妻河端一戦之時、相拘置牢人岩間和泉、蒙鑓疵三ヶ所走舞、遂討死之条感悦之至也、弥跡職於有之者、此旨可申聞者也、仍如件、 永禄七年 三月二日 上総介 大村弥兵衛殿 →戦国遺文 今川氏編1971「今川氏真 …