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北条氏康、松本景繁に状況を説明する

今度氏政折角之段申越候、乍父子間之儀、彼所存無拠歟、愚老同意ニ候、雖然、不安一ケ条、一国任置申処、名利共可失本意事如何、輝虎雖過御作意間敷、併以御馳走、上州半国宛被相拘候之様、念願候、就中、今度信玄敗北付而、氏政心中可乗勝歟、爰元糾明之処ニ、一度申合筋目、敵敗北之上、弥相違有間敷由候、於愚老令満足候、畢竟不被醒信玄敗北之鉾、至于信州御出張、氏政則甲州へ可乱入候、越相此節ニ候、聊被延付者、不可有曲候、次遠州之儀、兵粮然と断絶候、来上旬踏越間敷之由、使者共見届候、此儀御調儀催促ニ相似候歟、八幡大菩薩・三嶋大明神可御罰候、一点非虚説候、さて遠州至于御滅亡者、誠賊後之弓矢、何歟も不入子細候、恐々謹言、
卯月廿七日
 氏康(花押)
松本石見守殿

→小田原市史 資料編826「北条氏康書状」(山形県米沢市・米沢市教育委員会所蔵上杉文書)

永禄12年に比定。

 この度氏政が同盟実効への疑義を申し立ててきました。父子の間のことですが、あの者の考えも致し方ないことでしょうか。私も同意しています。心穏やかでないとはいえ、一国全てを任せておいたところ、名利とともに本意を失ってしまいそうです。これはいかがでしょう。上杉輝虎に妙な考えがあるとは思っていませんが、合わせてご奔走いただき、上野国半国ずつ分割にできませんか。念願しています。とりわけこの度武田晴信が敗北したことで、氏政は心中で勝ちに乗っているのでしょうか。こちらで検討してみたところ、一度は合意した事柄だから、敵が敗北した上は、ますます相違があってはならないだろうとのことです。私も満足しています。結局のところ晴信が敗北から醒めぬうちに信濃国に侵攻するなら、氏政はすぐに甲斐国へ乱入するでしょう。越後・相模の同盟の意義はこの時にあります。少しでも遅延があれば、それは曲事でしょう。次に、遠江国のことは、兵糧が完全に途絶えました。来る上旬までは持たないだろうとのことと、使者が確認しました。このことが交渉・駆け引きで言っているのであれば、八幡大菩薩・三嶋大明神の神罰を蒙るでしょう。一点の嘘もありません。さて、遠江国が滅亡するならば、本当に『賊の後の弓矢』です。どのような事情も入りはしません。

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