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上杉輝虎、那須氏が小田原に参陣するとの連絡を受け返書を出す

就向北条左京大夫在所小田原之地及進陣、去廿一、至于榎本被出御馬、早速可有御着陣之由、預御札候、今日廿七披見、兼日之仰合、首尾与云、自他覚本望畏入候、委曲之旨、太田美濃守可申達候条、不能具候、恐々謹言、

三月廿七日

景虎(花押)

那須江殿

→上越市史 別編1「長尾景虎書状」(小山氏文書)

1560(永禄3)年に比定。

 北条左京大夫の在所である小田原に向けて陣を進めるに当たり、去る21日に榎本からご出馬され、早速着陣されるだろうとのこと、書状をいただきました。今日27日に拝見しました。先日おっしゃっていただいたように、首尾といい、自他の覚えは本望で恐れ入ります。詳しいことは太田美濃守からご連絡しますので、詳しくは申しません。

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