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懇望・悃望

懇望・悃望の用例についてまとめた。なお、懇望と関係が深い『赦免』は、検証a18:刈谷赦免についてでまとめているのでご参照を。

a 懇望された側が明記された場合

a-1 斯波義達から上杉顕定へ

就遠州之儀、従屋形管領へ依懇望被申子細候、去春以来当国致滞留候

a-2 伊勢外宮(話者)から六角定頼へ

抑両太神宮御仮殿朽損以外候、然間、六角殿江依懇望、内宮御仮殿造替候

b 懇望した側が複数記載されている場合

b-1 椎名康胤らから上杉輝虎(話者)へ

初推名何も敵躰候者共、雖悃望候、とても見詰候間

b-2佐竹義重・宇都宮広綱・東方衆・北条氏政から白川義親へ

条々御懇志本望至極候、仍旧冬於関宿始佐・宮東方之衆、氏政懇望、就此儀、御存分具被露御紙面候

b-3 長尾憲景・長尾景房・長野業正から上杉輝虎へ

為始北条孫次郎、宗者数百人被討捕、白井・惣社・蓑勾悃望之段風聞、目出度奉存候

 

[warning]b-2については、「佐竹義重・宇都宮広綱・東方衆から北条氏政へ」という解釈も取りうるが、現段階では氏政を懇望される側には置いていない。文の用例だけを見るならば、aで見たように懇望された側の人称が記載される場合、単純に『人称→懇望』という並びではなく『人称→江(依)懇望』という形式が取られるため(「依」は前後の状況から入れられるので、必須条件ではないだろう)。文意や史料の収集状況によっては、この定義は変更になるだろう。[/warning]

 

c 懇望された側が話者=差出人ではない場合

c-1 本庄繁長から伊達輝宗・蘆名盛興へ

其表之儀、本庄逆心付而、去初冬ヨリ御在陣、至只今無手透被取結、外廻輪悉被為破(扌+却)、落居不可有程之由、珍重候、就其伊達・会津相頼、令懇望由承候、左候者、在赦免可然候歟、御思慮此節候

c-2 北条氏政から武田晴信へ

越甲何与哉覧取成ニ付而、氏政悃望動之由申候、兎角ニ堅固之動ニ者有之間敷候

c-3 由良国繁から北条氏政へ

当秋之動、由良信濃守依懇望候、去十五日出張

d 懇望された側が話者=差出人の場合

d-1 佐竹義重から北条氏直へ

将又佐竹様ゝ悃望之間、令赦免

d-2 奥平定勝親類から今川義元へ

今度九八郎就構逆心、可加成敗之処、各親類九八郎於永高野江追上、監物儀谷可引入之由、達而之懇望之条、赦免之上

d-3 三好方から足利義昭へ

去春已来三好かたより、種々懇望仕候、其外御調略之筋、幾重ニ存之由候き

d-4 藤田康邦から北条氏康へ

并高松筋へ散動之事、藤田色ゝ令懇望間、一動申付可打散存候、御人数之事御大儀候共、御用意肝要候

d-5 匂坂長能から今川義元へ

此人等去年令逆心之条、雖可遂成敗、長能入道依無無沙汰令懇望之条、各免除

d-6 織田信秀から今川義元へ

今度、山口左馬助、別可馳走之由祝着候、雖然、織備懇望子細候之間、苅谷令赦免候

「懇望・悃望」の語義としては、それぞれの文の解釈を踏まえると以下のような分布がある。完全に網羅していないのであくまで参考例ではあるが、軍事用語としてある程度機能しているように見える。

経済的援助の要請 1例 a-2
謀叛による罪の免除要請 3例 c-1/d-2/d-5
降伏時手続き上の要請 5例 b-1/b-3/d-1/d-3/d-6
援軍・共同作戦の要請 5例 a-1/b-2/c-2/c-3/d-4

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