検証a36:今川家文書発行分布(義元・氏真)
下記にまとめた数字は、戦国遺文今川氏編からカウントしたもの。宛先、もしくは言及されている地名から国ごとに割り振った。国の名前が判らない場合は「その他」に分類した。 留意点を箇条書きで記しておく。 尾張国宛については、15 … 検証a36:今川家文書発行分布(義元・氏真)
下記にまとめた数字は、戦国遺文今川氏編からカウントしたもの。宛先、もしくは言及されている地名から国ごとに割り振った。国の名前が判らない場合は「その他」に分類した。 留意点を箇条書きで記しておく。 尾張国宛については、15 … 検証a36:今川家文書発行分布(義元・氏真)
最近になって知ったが、非常に趣旨の近しい論文が発表されていた。 「椙山之陣以来」にある「椙山之陣」は何を指すのか? ―竹井英文氏「その後の「杉山城問題」 」における批判に応える― 中西義昌・著 史学論叢第 44 号(別府 … 椙山陣考-8 再びの余録
戦国時代の合戦で『桶狭間』と並んで著名なのが『厳島』だ。どちらも通説では共通点がある。 ■敗者は数箇国を領し圧倒的に兵数で有利だとされている ■有利な兵数による驕りと悪天候が敗因になっている ■勝者側に感状が残っていない … 検証a35:厳島合戦の実態
鳴海原合戦での最大の謎は、総大将義元の敗死にあるだろう。類似例がないか、その他同時代で発生した『総大将』の戦死例を見てみよう。下記は厳密な史料に基づいたものではなく、通説やWikipediaなども参考にしているのでご諒解 … 検証a34:大将の戦死例
『戦国遺文 今川氏編』が第4巻で完結したのを受けて、いよいよ鳴海原合戦の考察を続けようと思う。 今川義元・氏真発給文書数推移 差し当たり、文書を取りまとめてみた。グラフにしたところ、いくつか留意点が出てきた。 01)義元 … 検証a33:文書から見た義元と氏真
結局何が言いたかったかというと。 「椙山之陣」について検討してきたが、まとめると以下のようになる。 ●「椙山之陣」の記載のある文書は類似文書の分布から改変された可能性が高い ●「椙山」の比定地は嵐山町以外にも複数存在しそ … 椙山陣考-7 余録
どうやって伝わってきたかを考える。 最後に個人的な推論を述べておこうと思う。『相守文書』で考察したように、毛呂土佐守宛07号文書の存在は不自然な点がある。 01)文書の分布から、武蔵国入間郡の毛呂氏よりは、上野国邑楽郡佐 … 椙山陣考-6 伝来時の改変経緯を推測
毛呂氏の軌跡を追ってみる。 可能な限り追ってみたところ、3つの系統が見つかった。□は小浜藩に近代まで残った川越山田系(家譜は■で示す)、○は近世初頭に小浜藩に入り後に追放された忠衛門系、△は出羽国松山藩に入り左沢領代官を … 椙山陣考-5 近世毛呂氏年表
『椙山之陣』を嵐山町の杉山とする根拠は、竹井英文氏と斎藤慎一氏が言及している。 ■千葉史学51号「戦国前期東国の戦争と城郭-「杉山城問題」に寄せて-」(竹井英文) 「毛呂氏が本拠とする武蔵毛呂郷の地理的位置、高基と憲房と … 椙山陣考-4 比定地候補
1)高基が発給したのはいつか。 代々の古河公方が発給してきた文書には「相守」をキーワードにしたものがいくつか残されていることを確認した。 では『椙山之陣』07号文書の発給はいつか。発給者の足利高基の状況を確認してみよう。 … 椙山陣考-3 年次比定