「椙山之陣」文書は、当初見慣れない書式だった。

私は今川・後北条の文書は少しばかり読んでいるが、古河公方については義氏のものを何通か解釈しただけである。それにつけても、懸案の文書は少し短過ぎて異常に感じられる。

椙山之陣以来、相守憲房走廻之条、神妙之至候、謹言、

九月五日

足利高基ノ由

花押

毛呂土佐守殿

そこで、「相守」をキーワードに諸史料を当たったところ、『椙山之陣』文書は、古河公方が代々発給していた一定のテンプレートに添った文書であることが判った。

『相守文書一覧』

文書自体の意味を考えると、古河公方から陪臣(家臣の家臣)に出されている点から、宇都宮成綱・小山成長らの統制力を増すために出されたように見える。

「相守」という言葉は『相守文書』以外の2文書でも使われており、物理的な守備・護衛ではなく、忠義を守るような意味合いと指摘できるだろう。

足利高基、某に、徳誕蔵主の死去を伝え因幡守を守って忠信に励むよう伝える

徳誕蔵主死去、無是非候、然者、相守因幡守、無二励忠信候

上杉顕定、長尾景春に、久下信濃守の伊勢参拝道中を保障するよう、伊勢宗瑞への仲介を依頼する

久下信濃守事、累年相守当方、忠節異于他候

「以来」の用法にこだわってみると……。

古河公方が陪臣に向けて直臣への忠義を認めるという文書の意味合いから考えて、「以来」はその陪臣が忠義を行なった由緒を示すものとなる。つまり、毛呂土佐守は「椙山之陣」からずっと憲房に忠義を尽くしていたのだから、その契機は遡るほど評価が高いことになる。

「以来」という語の使い方を見ても、今川氏親書状では9年遡った例がある。

今川氏親、本間宗季の軍忠状を認定する

御入国以来忠節仕条々、一座生御城江信州一国罷立相攻候処

この文書の発給は1510(永正7)年、遠江国蔵王城を信濃国衆が攻めたのは1501(文亀元)年頃。少なくとも、後の項目で挙げられた立河原合戦が1504(永正元)年であることは確実なので6年以上遡っていることは確実である。「以来」の契機がどこまで遡れるかは特定できないので、椙山之陣発生時期は憲房初陣まで範囲に入るだろう。

また、『椙山之陣』は憲房の指揮下に入った契機であることしか示さないので、この陣に憲房が存在しなくてもよい。究極を言えば、憲房も毛呂土佐守も別の場所にいたのだが、契機としては『椙山之陣』があったという理解も成り立つ。とはいえ忠義を称える文面から、土佐守はこの陣にいたと考える方が自然だと考えている。高基に関して言えば、この陣で憲房と没交渉、もしくは敵対していたとしても問題はない。発給時点で憲房と協調関係にあればよい。

以上から、高基が発給した年と、『椙山之陣』が発生した年は別個に存在することを検討しなければならない。勿論、両者が同年であるという比定も可能だ。年比定については項を改めて検討する。

とにかく例外が多すぎる。

そして、表中で目に付くのが07号とした『椙山之陣』文書の例外ぶりである。まず利根川右岸の、しかも山内上杉氏を媒介にしているのは異様である。赤井氏・冨岡氏との関連から考慮すると、後に後北条氏方として登場し佐貫(赤井氏旧領)を拠点として冨岡氏と連携している茂呂因幡守宛と考えるのが自然に思う。原文書が武蔵毛呂氏に渡り、近世になって宛所が書き換えられたのではないか。

その改変に伴って、「無二」を伴わない文頭である「椙山之陣以来」と、文末の「謹言」が書き加えられたとするならば、07号文書の原型はようやく、一連の相守文書と親和性が確保できる。改変の可能性を示唆するのが竹井氏論文である。

■千葉史学51号「戦国前期東国の戦争と城郭-「杉山城問題」に寄せて-」(竹井英文)

 注書き内

「なお、「家譜覚書」に[史料1]と同文で「憲 花押」とある史料があることも知った。そこには、「仕山内上杉管領 文亀三年癸亥豆州杉山役以有働自上杉家賜書」と注があり、[史料1]に「■■文亀三年ト有」と注があるのは、このことを指すと思われる。しかし、その根拠は不明確で、注の内容も事実関係として全く合わない。内容的にも足利高基書状とみて間違いないと思われる。」(101ページ)

確かに指摘通りで、1503(文亀3)年当時の山内家当主は顕定であって憲房・憲寛は該当しない。また、伊豆国に「杉山」という地名があったかは判らない。但し、1496(明応5)年に相模西郡に山内方が侵攻したという顕定書状、矢野憲信が顕定の指示で駿河国御厨に在陣したという顕定書状はあるので、伊豆国での紛争に憲房が参加した可能性はわずかにある(1503年だと憲房は36歳前後)。

それはさておき、このような写しの存在は07号文書への改変が試みられたという証左である。他の『相守文書』との文言的乖離と合わせてこの点は強く指摘したい。

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