以前の書籍紹介で触れた内容とかぶるが、合わせて『戦国大名の日常生活』(講談社選書メチエ・笹本正治著)も説明してみよう。この書籍では、信虎に始まって、晴信・勝頼と至る戦国大名としての甲斐武田氏を活写している。

笹本氏の著作は武田氏に関連するものが多く、また史料に基づいた安定した描写が特徴である。中でも本書を選んだのは、その範囲を武田家当主の周辺(日常生活)に限られつつも、文化・宗教・戦争・肉親など他方向に光を当てた点が評価できると考えたためである。スター的な扱いをされる権力者と見られがちな戦国大名が、日々薄氷を渡るような思いで暮らしていたことがよく判る。
また、信玄堤・棒道・甲州法度など、比較的一般的な武田家の功績も、古文書の観点から検証して実在性を解説しつつ、近世に増幅した『武田信玄伝説』にも触れている。

戦国大名というと一般には「戦闘が日常化した近世大名」のような印象が強いと思う。だが、身分が固着した近世大名と、新興や没落が当たり前の変革期だった戦国大名を同時に論じることは難しい。本書の武田三代は、領民・家臣に気を遣いながら何とかバランスをとっている。武家として図抜けた伝統を持ち戦勝を重ねた武田氏でこの不安定さ、である。毛利元就が「身内以外は味方ですら毛利家を案じてはいない」と戒めたのはリアルな感覚に基づいていることが判る。

本書では珍しく勝頼にも紙幅をとっており、晴信から継承した政権は既に満身創痍だったことも暗示されている。父信虎の追放に始まって嫡男義信を自刃させ、長女黄梅院を失意の死に追い込んだ果ての武田家。事実上の分家から継いだ勝頼はやりづらかったに違いない。晴信時代を克服しつつも、近世に向けて国内の体制を一新しようとしていたことを詳しく解説している。

総じて言えば、晴信から勝頼への継承部分が多い一方で、信虎については補助的な内容でしかない。同作者が信縄・信虎について書いている書籍があればと願う。

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