高村

施薬院全宗、北条氏規に、氏政の書状を受け取ったと返信する

尚ゝ、勅作薫物十貝・照布一端令進之候、表祝儀計候、 御札殊臘燭一折、御懇情祝着仕候、随而従切流斎尊書并両種拝受候、忝存候、可然様御取成奉憑候、不計御上洛待入候、猶笠越可被申展候条、令省略候、恐惶謹言、 二月廿五日  全宗 施薬院全宗、北条氏規に、氏政の書状を受け取ったと返信する

北条氏規、浄泉斎に、施薬院と連絡していることを告げる

薬院へ以使申入候、御心得御取成可給候、又薬院御女中かたへ終不申入候、是者こなたへ少御好も候、此度申入候間、是又能ゝ御取成頼入候、委者鈴七ニ申含候条、不能具候、恐ゝ謹言、 七月四日  氏規判 「  自大坂     北美入道 北条氏規、浄泉斎に、施薬院と連絡していることを告げる

内藤大和守・大藤長門守、井上源三郎に、白根表での戦績を賞す

中郡白根表ニ京勢地衆集居所打散、敵一人討捕、走廻至、忠信感悦候、弥可抽粉骨候、小田原へ申立、可遣 御感状候、当時往行就不自由ニ、先自判を出之者也、仍如件、 天正十八年[庚寅] 四月十七日  大和守(花押)  御検使 大藤 内藤大和守・大藤長門守、井上源三郎に、白根表での戦績を賞す

大藤氏着到帳

[切紙]着到帳 六人 與五郎 拾九人 玉井帯刀左衛門尉 六人 落合與三郎 三人 同三河守 六人 関山右衛門尉 三人 川村外記亮 三人 井上市右衛門尉 三人 酒向新兵衛 三人 賀藤與太郎 三人 塀内修理亮 弐人 竹本筑前守 大藤氏着到帳

大友義統・義鑑、戸次鑑連に、子息誾千代への譲状を見たことを伝える

至息誾千代譲状之趣、銘々令披見、以袖判申候、殊当城置物等、堅固被申与候次第、乍案中感心候、親類・家中衆被申諌、向後其堺弥静謐之調儀肝要候、猶重々可申候、恐々謹言、 六月十八日  義統(花押)  宗麟(朱印) 麟白軒 →北 大友義統・義鑑、戸次鑑連に、子息誾千代への譲状を見たことを伝える

大友義統・義鑑、戸次鑑連が立花城家督を戸次鎮連兄弟から迎えることを承認する

立花城家督之事、道雪於無男子者鎮連兄弟之内、以分別可被申与之由承候、尤肝要候、連々如申候、当城之事、其堺覚候之条、倍堅固之格護、不及申候、然者向後、右之内一人登城之儀可為若輩候歟、成人之間者、鎮連同前令在城勤番可然之段、 大友義統・義鑑、戸次鑑連が立花城家督を戸次鎮連兄弟から迎えることを承認する

清水康英、高橋丹波守に、上方との決戦が迫っていることを伝える

何比御帰候哉、我ゝ者、與風罷帰候、其時分迄者、御帰之沙汰不承候キ、先日者、自小田原御札、殊船之 御印判調候而、我等迄満足ニ候、態是又御札、殊ニ初物給候、則致賞味候、然者御世上強敷候而、咲止ニ候、我ゝ罷帰砌者、以之外之様ニ 清水康英、高橋丹波守に、上方との決戦が迫っていることを伝える

北条氏直、長尾左衛門佐に、初春に上方勢が攻撃すると告げ防備を指示する

於京都、来初春、関東立之陣触有之由告来候、兼覚之前ニ候、弥閣万事、一途ニ可遂防戦支度、火急ニ可有之事、専一候、猶様子可追而可申候、恐々謹言、 十二月廿四日  氏直(花押) 長尾左衛門殿 →戦国遺文後北条氏編3585「北条 北条氏直、長尾左衛門佐に、初春に上方勢が攻撃すると告げ防備を指示する