[懸紙ウハ書]「井出千代寿殿 治部大輔」
駿河国冨士上方之内稲葉給、并被官百姓居屋敷等、井出甚右衛門尉遺跡之事
右、依無男子、女子松千代仁千代寿申合、譲与之旨、証文明鏡之条、永領掌了、然而為蔭居分、弐拾貫地共、一円可令知行之、并道者坊之事、可為如年来、但自道者坊内、弐貫五百文宛之儀者、為造営分、毎年大宮代官江相渡、知行之内宮分神事諸役等、如前々不可令怠慢、至于無沙汰者、宮分可令改易、遺跡之儀、於自今已後、兄弟・親類・縁類等、雖企競望、一切不可許容者也、仍如件、
弘治二年 五月廿六日
 治部大輔(花押)
井出千代寿殿

→戦国遺文今川氏編1284「今川義元判物」(杉並区今川・観泉寺所蔵浅川井出文書)

 駿河国富士上方のうち稲葉給、ならびに被官百姓の居屋敷など、井出甚右衛門尉の遺産のこと。右は、男子がいないため女子松千代に千代寿を申し合わせ、譲与の旨は証文で明確なので、末永く掌握すること。そして隠居分として20貫文の地共々一円を知行するように。そして道者坊のことは年来のようにせよ。但し道者坊のうちより2貫500文分のことは、造営分として毎年大宮代官へ渡すこと。知行のうち宮分神事の諸役などは、前々のようにして怠慢してはならない。無沙汰に至るならば、宮分は改易させる。遺産のこと、今後以降は兄弟・親類・縁類などが望んだとしても、一切許容しない。

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