冨士上方之内屋敷分之事
一、大橋佐野兵庫助分 一、後藤大炊助分
一、大窪北原長貫事 一、大宮屋敷半分停止諸役事
一、水沼代官分、此内社役如年来相勤之、其外内徳分可所務事
已上、
合参拾八貫六百七拾九文者、
[但此内七貫九百四十文余、今度以奉行人令検地之上、増分出来之間、令扶助之也]
右、就善三郎東西陣番、借銭借米過分引負、依進退困窮、伊賀娘伊勢千代エ、善三郎子千熊令契約、知行相渡之由、任善三郎証文之旨、永領掌畢、縦親類被官人雖令難渋、一向不可許容、若千熊伊勢千代令離別者、借銭借米過分爾令弁償、其上善三郎存生之間、加扶持之上者、知行等可為伊勢千代計、任善三郎証文、永可令取刷、但千熊為幼少之間、陣番以名代可相勤者也、仍而如件、
永禄十[丁卯]年八月五日
上総介(花押)
井出伊賀守殿
→戦国遺文今川氏編2139「今川氏真判物写」(国立公文書館所蔵諸州古文書三下)
富士上方のうち屋敷分のこと。一、大橋佐野兵庫助分。一、後藤大炊助分。一、大窪北原長貫のこと。一、大宮屋敷の半分で諸役を停止していること。一、水沼代官分。このうち社役は年来のように勤め、そのほかの内徳分は所務するべきこと。以上。合わせて38貫679文。但しこのうち7貫940文余、この度奉行人が検地した上で増分ができたので、扶助させる。右は、善三郎の東西陣番について、過分な負債で赤字となり、家計が成り立たなくなったため、伊賀守の娘伊勢千代へ、善三郎の息子の千熊を婚約させ、知行を渡すとのこと、善三郎の証文の内容の通り、末永く掌握する。たとえ親類・被官人が反対したとしても、全く許容しない。もし千熊と伊勢千代が離別する場合は、過分な負債は弁償させるように。その上で善三郎が存命であれば扶持を加えるので、知行などは伊勢千代だけにするように。善三郎の証文の通り、末永く取り扱うように。但し千熊が幼少の間は名代として陣番を勤めるように。