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武田勝頼、後閑・伴野・小幡・依田・竹重氏に、内通の噂を確認し油断しないよう伝える

急度染■■■[一筆候]、■■[仍而]敵地内通之族如申越者、於其■■■■[地謀叛之]輩就有之、其地へ成揺之由候、城内之用心不可有由断候、自然三十六人衆之内、謀叛之輩可有之歟、不審ニ候、高野被相談、用心等可被入于念候、為其越早飛脚候、猶長々在番、苦労不知謝候、近日番替可相移候、可御心安候、恐々謹言、
九月八日
 勝頼(花押)
上条伊勢入道殿[後閑信純]
伴野宮内少輔殿
小幡民部助殿[昌高]
依田能登守殿[阿江木常林]
竹■[重]藤五郎殿

→戦国遺文 武田氏編2173「武田勝頼書状」(長野県長和町・竹重家文書)

天正1年に比定。

 取り急ぎ一筆申し上げます。さて敵地内通の輩が報告どおりなら、その地において謀叛の輩がいます。その地へ揺さぶりがあったとのことです。城内の用心で油断があってはなりません。万一にでも、三十六人衆(三方人衆?)のうち謀叛の輩がいるのでしょうか。不審です。高野と相談されて、用心など念を入れられますように。そのために早飛脚を派遣します。なお、長々在番の苦労は謝すところを知りません。近日番替えで移しましょう。ご安心下さい。

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