今度当表隙入ニ付而、榎本ニ以三百之人数在陣可走廻由、対陸奥守証文披見候、肝要至極候、先書当表参陣与申遣ハ、小官之申合不知以前ニ候、於何口之走廻も同前候、殊佐竹定而可出張間、城主近藤与相談、堅固之防戦専一候、恐ゝ謹言、
九月五日
氏政(花押)
酒井伯耆守殿
→戦国遺文 後北条氏編 1943「北条氏政書状」(岡本貞烋氏所蔵文書)
天正5年に比定。
この度、この方面で手間取っている件で、榎本に300の人数で在陣して活躍なさるだろうとのこと、氏照に対しての証文を拝見しました。とても大切なことです。先の書状でこの方面に参陣せよと申し遣わしたのは、『小官』の申し合わせを知らない、以前のことです。何れの方面への活躍でも同じことです。特に佐竹がきっと出撃してくるので、城主近藤と相談し、堅固の防戦だけを心がけて下さい。