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後北条氏、梶原吉右衛門に4艘の早船配備を命じる

新儀ニ申付四艘之早船、乗組四十人、此扶持給貮百四拾貫文、自来暮速ニ可被下候、従前ゝゝ定少雖不足候、先当年一廻ハ此分可請取、走廻次第、従来年御加恩可被下者也、仍如件、

[朱印]

天正三年[乙亥]三月廿五日

安藤豊前入道 奉之

梶原吉右衛門殿

→戦国遺文 後北条氏編 1782「北条家朱印状」(紀伊国古文書所収在田郡古文書二)

 新規で申し付けた4艘の早船と乗組員40名、この扶持給240貫文は、この年末より速やかに下されるでしょう。前々からきっと少なくて不足しているとはいえ、先ずこの年1巡りはこの額で受け取るように。活躍次第では来年より御加恩が下されるであろう。

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