今回アップした書状が少しややこしいので、解釈の手順を記してみる。この書状は、由比氏に宛てられたものだから、群がる債権者に対して左衛門尉が「義元が払わなくていいと保証している」と言い放つためのツールだ。債権者の中には、逆に「払わなくてよいという書状は無効である」という印判状を貰おうとしたり、今川家中の誰かに苦情を言い立てたりするだろう。そういう動きを見越しての書状である点は織り込んで解釈を試みた。自己流だから至らぬ読みも多いと思う。疑問や指摘があれば気軽にお寄せいただきたい。

代々雖為忠節、

「代々の忠節をなすといえども、借用の米・銭が過分の間」

まずは、由比氏が数代にわたって今川方として貢献したと書いている。「雖」は「いえども」で逆接だから、後段はこの「忠節」に反する行動となる。その内容は……。

借用之米銭過分之間、就不及返弁、数年令山林、

「返弁に及ばざるについて、数年山林せしめ」

借用した米と銭が「過分」、つまり債務過重。借金することが何故忠節に反するのか。疑問はあるが、読み進めることとする。「之間」の「間」は「な状況で」という意味でとらえる。

返弁は返済。「ついて」は現代語のそれとは少し異なり、原因を表わすようだ。「山林」は禁制によく出てくる言葉。江戸期でいう「入会地=村の共有地」のことを意味するようだ。この場合は、数年自邸に住めず、共同体の共有地に暮らしたと解釈できる。家屋敷を抵当に取られてしまったのだろう。

連々依訴訟申上重而召出、旧借等一円停止之畢、

「連々訴訟申し上げるにより重ねて召し出し、旧借など一円これを停止おわんぬ」

連々は度々・常々。訴訟については、債務過重で軍役が勤められないと陳情したか、法規以上の利子を取られたと訴えたか、その両方か。ここで、最初に「忠節に反する」とあるのが効いてくる。軍役不履行は忠節に反するから、この要素は大きいだろう。「而」は多くの文書で出てくるが、「~て」と音を足すのに使われる。重ねて、ということは、一度今川氏が呼び出して裁許を試みたようだ。借金を表わす「借」の前に「旧」をつけて、債務が既に終わったことを表明し、さらに過去完了を意味する「畢」で閉じている。一円は「丸々・全て」、「停止」は「ちょうじ」と読む(意味は現代と同じ)。

然者捨置■飯尾若狭守相頼、

「しかれば捨て置き……飯尾若狭守あい頼り」

■は読めない文字。前段で債務は全て放棄を保証されたのだから、「捨て置く」は債権者から取り立てがあっても由比左衛門尉が応じる義務はないことを意味する。これ以降の指示内容は飯尾若狭守を頼ったということか。

先年契約之時、借用米銭事申立候条、依難準自余、加下知、

「先年契約のとき、借用米・銭のこと申し立て候じょう、自余に準じがたきにより、下知を加え」

以前に契約した際に、借用した米と銭について申し立てのだから、「自余に準じる」=他と混じる訳にはいかない、と書いている。つまり、今回の債務契約自体が何らかの理由で訴訟案件になっていたらしい。詳しくは判らないが、契約が違法であった可能性も高い。これを今川家も把握していたのだから、同様の判例とは異なる。という理屈だ。下知を加えるとは指示を出すこと。条は間と同じように、「だから」と解釈することが多い。当時の人は使い分けていたようなので厳密には意味が異なるようだが、まだ私は把握できていない。

従当年米百俵宛、六年ニ六百俵、代物弐拾貫文宛、三ヶ年ニ六拾貫文合七拾貫文、

「当年より米100俵あて、6年に600俵、代物20貫文あて、3年60貫文。合わせて70貫文」

「当」というのは、フォーカスの当たっていること。具体的に何が当たるかはその文脈で判断するしかない。当年がその年のこともあれば、前年や来年のこともある。この場合、恐らく6年前の契約時を指すと思われる。1年で米が100俵。銭に換算すると20貫文。これが6年で60貫文。その後いきなり10貫文が足されているが、これは銭として10貫文借りていたということだろう。借用書が添えられていたのだとすれば、10貫文借りたのは自明なので書かなかったのかも知れない。

可令沙汰者也、相残知行若重雖令還附、

「沙汰せしむるべきものなり、あい残る知行もし重ねて還付せしむるといえども」

「沙汰」は手続きを行なうこと、支払いや納税を行なうこと。上記を執行しろという意味。飯尾若狭守が処理するということだから、肩代わりして支払うことか。その後、ここで対象となった以外の領地(知行)について言及する。さらに返済を求められたとしても……と、債権を否定しそうな前提。

以此引懸各取下候に付、借主所江雖有如何体之借状之文言、

「この引き懸けをもっておのおの取り下し候につき、借主の所へいかなるていの借状の文言あるといえども」

さらに条件をつける。引き懸けは判決を意味するか。債権は決着させたのだから、とつなぐ。債権者がどのような文言の借用書をもっていたとしても、と条件を足す。

一向不可及其沙汰、若又雖判形・印判出置、

「一向にその沙汰に及ぶべからず。もしまた判形・印判を出し置くといえども」

訴えを受理するな、ということ。「べからず」は複雑だが、この場合は禁止でよいだろう。「若」は「もし」で使うことが多い。判形と印判は、今川家当主が発行した正規の文書。これを出すとしても無効である、という条件を足す。このように、嫌というほど条件を足すのは中世の証文の特徴だ。

於自今以後者、依為蒲原在城、旧借不可有返弁者也、仍如件、

「今より以後においては、蒲原在城をなすにより、旧借返弁あるべからざるなり。よって件のごとし」

これ以降は蒲原城に在番するという理由を挙げて、改めて債務終了を言い渡している。逆に考えると、在城という臨戦業務を理由に挙げなければ、判形・印判を否定できなかったのかも知れない。よって件のごとしは、定型的な結句。

ということで、ようやく状況が判った。

由比氏が数代にわたり忠節であること=A、債務過重であること=B、返済できないこと=C、山林していること=D
A [雖・逆接]→ B [間・順接]→ C [就・順接]→ D
※但し、この文だと重要な部分が省略されている。
A [雖・逆接]→ (省略:Aではない) B [間・順接]→ C [就・順接]→ D
つまり、「忠節ではない」が省略され、さらに言えば「居住地を失って軍役を果たせない」というつながりも略されている。これは当時の武士にとって当然の流れだったので書いていないのだろう。ということで解釈に迷った最初の一文を補える。

「由比氏は代々忠節だったが(下記事由により忠節ではなくなった)、債務超過に陥り居住地を失っている(だから忠節の証である軍役(蒲原在城)に応じられない)」

1551(天文20)年というと、後北条氏との緊張関係は緩和されていたものの、同盟はまだ結んでいない状態。また、三河戦線もたけなわで今川方の兵力は払底していたと思われる。そんな時、由比左衛門尉に蒲原城を任せようと思ったら、出陣してくるどころか、借金で家を追い出されている状態だったと。「借財で訴訟しているのは知っているが、そんなにひどいのか」と驚いた義元が債務を消し込んだ、のかも知れない。

面白いのは、今川氏が直接肩代わりした訳ではないということと、強権を発動できずに「契約に問題があるんだから無効」というような主張をしている点。近世の完成された諸侯ですら借金の踏み倒しには苦労していたのだから、戦国の今川氏としては精一杯の介入だろう。

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4 comments untill now

  1. 由比左衛門尉 @ 2011-06-25 10:40

    先の訳は全くの語訳だが、ご丁寧に間違った解説までつけられたので、一ヶ所だけ指摘する。
    「雖は逆接だから、後段は忠節に”反する行動”となる。」という解釈は誤り。別に反している訳では無く、相応しくない状況に陥ったことを表しているのだ。奉公出来なくなった状況を憂慮すべき状態を言っている。
    「雖も」を「それにも拘らず」と、現代語と同様に理解すれば、何も疑問は生じない。それは、本文には明確に原因が書いてあり、それは「借り過ぎた」からである。
    「間により、後に理由が続くことが判る」というのも間違い。「~間…」が示すのは、前にある~が原因で、…となったのであるから、全く逆である。
    その他の解説も間違っているから、見直された報が宜しい。

  2.  コメントありがとうございます。解釈手法に関しては独学ですから、コメントなどで色々と意見交換ができれば嬉しく思います。

     そこで、まず指摘点を整理させて下さい。

    1 『語訳』とあるのは、逐語訳ですか?

    2 1点指摘とありますが、「雖」と「間」に話題が分かれているようにもとれます。これらは前文・後文の接続手法に共通の矛盾が見られるという理解でしょうか?

     書き込んでもらって色々と説明不備な点がありましたので、本文も少々改修しました。ご参照下さい。

  3. 左衛門 息 @ 2011-06-28 14:08

    「~間…」の、後ろに続く…は結果である。
    訳は、「代々今川家に忠節を尽くしてくれた。それなのに、由比は奉公=軍役負担する為に、借銭借米が多くなってしまうという結果になって、…のことを招来してしまった。」ということである。要するに、軍役が重すぎた=頻繁に動員され過ぎた結果なのである。

    次の解説も間違っている。

  4. 再びのコメントありがとうございます。意図がようやく掴めました。「借用之米銭過分之間」と「就不及返弁」の説明箇所が分かれていたための説明不足・誤解だと思います。エントリーを構成し直し、上記2文をつなげて説明してみました。

    由比氏の債務に関しては、この文書だと判断はできません。軍役過重なのかも知れませんし、別の要因かも知れません。他の文書で判断ができるようでしたら推測を織り込んでもよいとは思いますが……。具体的な情報をお持ちでしたらご教示下さい。