「然」「而」は、それぞれ前の状態を継続する語義を持っている。ところが、『古文書古記録語辞典』で「然而」の項には不自然な解説が見受けられる。
然而 しかれども されど、しかしながら。
ここに書かれた逆接の意味は、少なくとも私が掲出した文書内の「然而」では見られない。
A)今川氏真朱印状写
於牛窪抽奉公、殊城米令取替、并塩硝鉛百斤城下入置之由、朝比奈摂津守言上、神妙也、然而去年吉田雑説之時分、天慮方へ依令内通、彼城于今堅固之儀、是又忠節也、
https://old.rek.jp/?p=1578
B)北条氏政書状
越府へ憑入脚力度ゝ被差越由、祝着候、然而敵者、去年之陣庭喜瀬川ニ陣取、毎日向韮山・興国相動候、韮山者、于今外宿も堅固ニ相拘候
C)伊勢宗瑞書状
次当国田原弾正為合力、氏親被罷立候、拙者罷立候、御近国事候間、違儀候ハゝ、可憑存候、然而今橋要害悉引破、本城至堀岸陣取候
D)快元僧都記
十八日、例之建長・円覚之僧達、為今川殿不例之祈祷大般若被読、然而十七日ニ氏照死去注進之間、即夜中被退経席畢、今川氏親一男也、
A/Cともに、「然而」を逆接にすると意図が判らなくなる。「そして」か「ということで」と解釈するのが自然である。B/Dは辛うじて逆接の意を差し挟む余地がある。但し、必ず逆接である必要はなく、順接でも充分文意は成立する。
また、「然」につなげた「而」は、この時代だと「て」と読んで、直前の語を連用修飾語に変化させる役割を担う。サイト内で以下の例が見られる。
- 謹而=つつしんで
- 付而=つきて
- 就而=ついて
- 次而=ついで
- ニ而=にて
- 仁而=にて
- 初而=はじめて
- 重而=かさねて
- 附而=つきて
- 分而=わけて
- 別而=べっして
- 候而者=そうろうて
- 随而=したがって
- 抽而=ぬきんでて
- 改而=あらためて
- 頻而=しきって
- 残而=のこって
- 定而=さだめて
- 追而=おって
- 仍而=よって
- 従而=したがって
- 達而=たって
- 遮而=さえぎって
- 切而=きって
- 惣而=そうじて
- 不走廻而=はしりまわらずして
- 軈而=やがて
それぞれの用例で「而」が先行語を否定して逆説・否定となった例はない(否定時は「不」が存在する)。このことから、「而」自体に逆接機能はないといえる。
では「然」はどうか。「然」を伴う逆接例としては「雖然」がある。こちらはサイト内に19例あるが、純粋に逆接に使われている。「然」以外の語と連なった場合「雖為」「雖出」「雖企」「雖有」なども全て逆接となっている。以上より「雖」に逆接機能があることと、「然」を逆説化した用法が存在することが判る。
上記それぞれを勘案すると、「然而」は「しかして」「しかりて」と読む順接の連用修飾語であると判断できる。
あくまで私見だが、現代で使われる逆接語「しかし」は「しかし・ながら」「しかし・といえど」の後半が略されて成立したものではないかと推測している。
本来の「しかし」には逆接の意がない。これは、現代語で「しかしながら」と「しかし」がともに逆接であるという矛盾から判明する。「しかし」単体が逆接ならば「ながら」で逆説をかぶせるのは二重否定で順接となってしまうはずだ(これはほぼ同じ語源の「さりながら」を考えると判りやすいかも知れない)。口語「だがしかし」が成り立つのも奇妙な現象である。また、かろうじて文語として生き延びた「しかして」が順接であることも、現代語「しかし」の逆転された扱いを指摘している。
また、「しかし」と読むことで然と同様に逆接と受け取られる「併」についても、古文書内では「そして」「ついで」「あわせて」と読まねば文意が通らない用例が多く、逆接として考えには無理がある。
中世末期~近世初頭までは単純に順接として扱われた「しかし」が近世以降のどこかのタイミングで機能逆転し、派生語全般に混乱を来たした。それが「然」「併」の解釈に影響を与えていた、ということになる。
3件のコメント
「然而」について、小生も「然」を中心に『大漢和辞典』『角川新字源』などで調べてみました。『大漢和辞典』では、「【然】ゼン ネン ①しかり。イ.その通り。ちがひなし。ロ.さやう。②しかりとする。③しかして。④しかるに。しかれども。しかし。上を翻して下を起こすに用ひる詞。然而といふも同じ。⑤しからば。しかれば。上を承けて下に結ぶに用ひる詞。然則の意。⑥然而は、かくして。かくのごとくにして。上を承けて下に転ずる詞。⑦すなわち。⑧かつ。⑨これ。この。……」となっています。
この漢字一文字の意味が、なぜ順接と逆接の意を有しているのかについては、大学の先生お二人に尋ねましたが、確かなことはわかりませんでした。また古文書でこの「然」を読むに当たっては、両先生ともに「文章の前後から判断してどちらになるかを決めるのであろう」との事でした。
「然」の持つ意味を整理すると、
1.上を翻して下を起こすに用ひる詞。
2.上を承けて下に結ぶに用ひる詞。
3.上を承けて下に転ずる詞。
の三種になろうかと思います。
ほかには、次のようなものがありました。――
★「然り」の意味は――
◇『大辞林』では、(動ラ変)「しかり 【▽然り】〔「しかあり」の転〕そうである。そのようである。そのとおりである。」
★「而」の意味は――
◇『大辞林』では、「しこうして[しかう―] 2 【▼而して】 「しかくして」の転、また「しかして」の転とも。漢文訓読に用いられた語。そうして。しかして。
◇『大辞泉』では、「しこう‐し‐て〔しかう‐〕【×而して】 [接]《中世には「しこうじて」とも》前文で述べた事柄に並べて、あるいは付け加えて、別の事柄を述べると
★「然(しかり)り而(しこう)して」の意味は――
◇『基礎 古文書のことば[三訂版]』では、「然而[しかりしこうして(…シカウ…)]そうであるならば。」
◇『大辞林』では、「先行の事柄を肯定的に受けて、後続の事柄に続けるときに用いる語。(そのとおりだ)そして。しかりしかして。」
★「 然して/ 而して」の意味は――
◇『大辞林』では、「しかして 【▽然して/▼而して】(接続)〔副詞「しか」に動詞「す」の連用形「し」、助詞「て」の付いた語〕そうして。こうして。それから。文章に用いる。」
★「しかし」の意味は――
◇『大辞林』では、しかし 【▽然し/▽併し】(接続)(1)前に述べたことや相手の判断と対立する事柄を話しだすときに用いる。そうではあるが。けれども。だが。(2)前に述べたことを受けつつ、話題を転ずるときに用いる。それはそれとして。(3)感動を込めて述べ始めるときに用いる。それにしても。
★これに関連して――
◇『大辞林』では、
さり 【▽然り】
(動ラ変)
〔動詞「あり」に副詞「さ」が付いた「さあり」の転〕そのとおりである。そうである。
〔似た意味の語として「しかり」があるが、「しかり」が主に漢文脈で用いられるのに対し、「さり」は和文脈で用いられる〕→さらず
→さらん
→さりとて
→さりとは
→さりとも
→さる(連体)
さも 【▽然も】
(副)補足説明副詞「然(さ)」に助詞「も」が付いた語
(1)本当にそれらしいさま。いかにも。
(2)そのように。そのとおりに。
「—あらん」
——あらばあれ
それならそれでかまわない。どうともなれ。ままよ。
補足説明「遮莫」[シャバク]とも書く
——ありなん
いかにもそうであろう。たしかにそんなことだろう。さもあらん。
——あれ
それはともかく。えい、ままよ。
——言われたり
よくぞ言われた。もっともだ。
——そうず
(1)〔「さも候はず」の転〕いや、そうではない。とんでもない。
(2)〔「さも候はうず」の転。「うず」は推量の助動詞〕そうだろう。そのとおりだ。
——な・い
(1)そうではない。そうでもない。
(2)たいしたことはない。なんということもない。
——ないと
もしそうでなければ。
——なくば
そのようでなかったら。さもなければ。
——なければ
「さもなくば」に同じ。
さした 【▽然した】
(連体)(下に打ち消しの語を伴って)これといった。さほどの。さしたる。
追記 すみません、次の説明が抜けておりました。
①しかり。イ.その通り。ちがひなし。理に適し、意を得た旨を認める辞。ロ.さやう。応答の辞。②しかりとする。理に適し、意を得たりとする。
「然」の持つ意味を再整理すると、
1.理に適し、意を得た旨を認める辞。
2.理に適し、意を得たりとする。
3.応答の辞。
4.上を翻して下を起こすに用ひる詞。
5.上を承けて下に結ぶに用ひる詞。
6.上を承けて下に転ずる詞。
の六種になろうかと思います。
コメントありがとうございます。私も改めて調べてみました。ほぼ同時代の史料ということで『邦訳日葡辞書』(岩波書店)を当たったところ、以下の記述がありました。
Xicaruni (しかるに) そうであるのに、それゆえ
Xicaxinagara (しかしながら) 結局、すべての場合を通じて、あるいは、言った事すべてについて など
Xicaxxiyori (しかっしより) この事が起こってから今まで、この事があってから以後今まで
Xicawa aredomo (しかはあれども) そうであるけれども
Xicaraba (しからば) こうであるからには、もしこうであるならば など
「しかはあれども」は逆接でしたが「しかしながら」は順接のようです。
また『時代別国語辞典 室町時代編』に「然」一文字の語として以下がありました。
しかも[然・而](接)「而(しかも)」(天正饅頭節用)「而・然(しかも)」(広本・易林節用)
1)前述の事態の傾向を、さらに強固なものにする事態を付け加えるのに用いる。
2)一方の事態を述べて、普通ならそれと両立しえないと思われる事態が一方に現実に存在することをいうのに用いる。
この場合は2が逆接となります。節用集でこの意味があるということは、この時代に「然」単体で逆接を用いていたと受け取れます。
ただ、やはり引っかかるのは私がアップした文書では「然而」または「然」「而」単体での逆接用例がない点です。明確な逆接用法が存在するかについては、他の文書収集時に注意しておこうと思います。