遠州本意之上、於彼国五百貫文之地可進置候、然者井伊與有御談合、早ゝ御行簡要候、巨細使者可申候、恐々謹言、
三月廿九日
北条 氏綱判
奥平九七郎殿
御宿所
→戦国遺文 今川氏編「北条氏綱書状写」(東京大学総合図書館所蔵松平奥平家古文書写)
1537(天文6)年に比定。
遠江国で本意を遂げたら、あの国で500貫文の土地を与えます。井伊と相談して、早々に行動することが肝要です。詳しくは使者が申し上げるでしょう。
遠州本意之上、於彼国五百貫文之地可進置候、然者井伊與有御談合、早ゝ御行簡要候、巨細使者可申候、恐々謹言、
三月廿九日
北条 氏綱判
奥平九七郎殿
御宿所
→戦国遺文 今川氏編「北条氏綱書状写」(東京大学総合図書館所蔵松平奥平家古文書写)
1537(天文6)年に比定。
遠江国で本意を遂げたら、あの国で500貫文の土地を与えます。井伊と相談して、早々に行動することが肝要です。詳しくは使者が申し上げるでしょう。