就高森之儀、■■■預御飛脚候、祝着存候、諸口御味方相調、城中堅固之由肝要候、晴信駿州へ入魂之事者、可有御存知候歟、若高森之城尾州・井口へ有御渡者無曲候、其御分別尤候、猶自甘利藤三所可申候、恐々謹言、
追而、御用之子細候間、以中村美作守申■、御同心可被■候、九月廿七日
晴信(花押影)
木曾中■大輔殿
→戦国遺文 武田氏編「武田晴信書状写」(早稲田大学図書館所蔵「諸家文書写」)
1559(永禄2)年に比定。
高森のこと、■■■飛脚をいただきました。祝着に存じます。諸方面のお味方とも連携して、城中を堅固にすることが肝要です。晴信は駿河国と親しい間柄で、ご存知でしょうか、もし高森の城が尾張国(織田氏)や美濃国井口(斎藤氏)の手に渡るようになったら詰まらないことです。冷静な判断が必要です。さらに甘利藤三より申し上げるでしょう。
追伸:ご用件の詳細は中村美作守にお申し付け下さい。同心も同様にお申し付け下さい。