其地長井坂堅固之由、并岩淵之城度ゝ相動殊防ニ付、待少ゝ差遣之段尤之至、次去月廿一日溝呂木之地之南雲大膳、於森下敵弐人打捕無比類働、注進之重而序之節感書可下候、此旨可申渡者也、仍如件、
八月十七日
氏直(花押)
狩野隠岐守とのへ
→戦国遺文 後北条氏編2565「北条氏直感状写」(狩野元之助氏所蔵文書)
天正11年に比定。
そちらの長井坂の地が堅固であるとのこと。また、岩淵の城を度々の攻撃から守ったことについて、待機して少しずつ送り出すことは最適な作戦です。ついで昨月21日溝呂木の地の南雲大膳が、森下において敵2名を討ち取り比類なき働きをしました。報告が重ねてあったらついでの折に『感書』を下すでしょう。このことは申し渡しておきます。