中盤の若干中だるみというか、伏線をゆるゆる張っているような感じの2巻目。表面上物凄く好人物のスティアフォースが絶好調で2面性を発揮している(1読して結果を知っているので尚更感じるのだろうけど)。そして、デイヴィッドは熱烈な恋に落ち、ヤーマスに迫る危機を見過ごしてしまうところも2読目ゆえにしっかり伏線を確認できた。この頃のディケンズは、後期作品程ではないが筆致が冴えつつある。
 またまた人物評だが、アグネスを巡る敵役にユライア・ヒープという小悪党が登場する。睫毛がない爬虫類的な要望で、いつも自己卑下して生きている男。私は、おべっかと増長の入り混じったような嫌味な態度を指して『卑下慢』ということを、この本で初めて知った。典型的な悪役として設定されており、海外のロックバンドでこの名前をとったグループがいることを知った際、ちょっとびっくりした。そういえばアメリカの奇術師に『デイヴィッド・カッパーフィールド』というのがいるが、彼の名前がディケンズのこの小説からとられたことは日本では知られていないような気がする。
 閑話休題。このヒープは姑息な手段で成り上がっていくのだが、大伯母に援助されて法律の仕事を目指しているデイヴィッドに対して猛烈な対抗心を燃やしている。ヒープはその雇い主の娘であるアグネスを狙っているのだが、アグネスはデイヴィッドだけを信用しているという三角関係(デイヴィッドはニュートラル)。この恋模様のためもあるのだが、デイヴィッドに付きまとっている理由はヒープが直接語る。引用してみよう。
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ユライアは叫んだ。「私みたいな、こんな賤しい者の胸に、初めて、大きな望みの火をともして下さったのは、あなたなんですからねえ。しかも、それを憶えていて下さったとは! いや、もう!—-すみませんが、もう一杯、コーヒーをいただけますでしょうかしら?」
 その火を点じたという一句を、彼は、特に力を込めて言い、同時に、ちらと私の顔を見たのだったが、そこに、何か、私を、ハッとさせるものがあった。いわば一瞬、強い光が、パッと彼の全身を照らし出したとでもいった感じだった。妙に改まった調子になって言った、コーヒーの催促を思い出し、例によって、髯剃り用のポットから注いでやったが、なぜか、注ぐ手はぶるぶる震え、これは、この男、とても敵わぬ。いったい、この次は、何を言い出すつもりなのか、それもわからない、激しい不安に、突然、襲われた。しかも、それをまた、相手は、ちゃんと、見抜いているように思えて仕方がない。
————————————-『デイヴィッド・コパーフィールド』(新潮文庫・中野好夫訳)
 つまり、野心を持ったのはその昔デイヴィッドが言葉をかけたためだとヒープは告白するのだ。これを、デイビッドへの揺さぶりととるか、真情の吐露と見るかは読者次第だが、ディケンズとしては両方をちらつかせているように思う。
 この後、デイヴィッドの乳母だったペゴティの夫バーキスの死によって第2巻は終わる。何もかもが中途半端であるものの、デイヴィッドを取り巻く人間模様は急展開への伏線を張り終え、彼の幼年期と少年期が終わりつつあることを暗示している。

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