物語のテンポが一気に上がってくる第3巻は、エミリーの駆け落ちから幕を開ける。幼馴染の漁師ハムとの結婚を控えた彼女は、その寸前にスティアフォースと逃亡してしまう。上昇志向のあるエミリーは、家族に愛着を持ちながらもチャンスに賭けたのだ。デイヴィッドは残された家族の悲嘆を見てスティアフォースとの決別を感じるものの、彼との思い出や影響は捨て切れないというチグハグな感情を抱く。この辺りは後期作品の重厚さにつながっているくだり。
 この小説には、女性の願望がよく描かれている。デイヴィッドの最初の妻ドーラは、彼の母とかなり似た要素を持っており、成熟を拒否し、結婚してもなお世故に長けることなく死去してしまう。彼女たちの欲望は「生涯少女のままいたいのに」というところだろう。前述のエミリーには分不相応の淑女(変身)願望があり、スティアフォースに横恋慕するローザ・ダートル、ドーラとデイヴィッドの幼い恋を煽り立てるジューリア・ミルズたちには、恋愛という概念に振りまわれた女の情念が見られる。スティアフォースの母、ヒープの母、アニー・ストロングの母、ベッチー・トロットウッドには、その強過ぎる母性によって迸る征服欲が見られる。
 改めて読み直してみると、驚くほど女性たちが元気な作品である。アグニスとペゴティが完成された女性像をトレースして若干退屈な存在だが、前期諸作に比べるとちょっぴりではあるが陰影が施されており、少しは深読みができる仕掛けだ。
 3巻の中でいよいよユライア・ヒープの暗躍が始まるが、ドーラの父スペンローの怪死、アニーの密通疑惑など、どう考えても巨大な伏線と思われるエピソードが「実は伏線ではなかった」というディケンズにありがちな終わり方をしそうで恐ろしい。多少は緻密な作りの後期作品ならありえないのだが……。これも中期作品を読む上での楽しみと考えてみよう。

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