大いなる遺産 上巻

 手元にあった新潮文庫版を読み始めている。懐かしい活版印刷だったので、奥付を見ると平成元年。この頃はまだ活版は元気だった。
 鍛冶屋の徒弟ピップが、正体不明の富豪から遺産相続人として指名されるという粗筋。ディケンズに関しては大抵二度読みしているのだが、この作品だけは初回読んだ切りだった。今回読んでみて判ったのだが、ロンドンに上京していっぱしの都会人気取りをするピップが私自身と重なっていたのだろう。無意識の内に避けていたような気がする。
 東京暮らしが人生の過半を上回った今、読んでみるとまた格別な感慨がある。ピップの忘恩も判るが、やはり都会に出ることでしか叶わないステージもあるのではないか、とも思う。今はまだ、自分の分相応がどこにあるのか見えない。60代になったらまた読んでみたい。
 登場人物は、さすがにディケンズ後期作品だけあってよく練り込まれている。激烈な性格の姉さん、その夫で善良そのもののジョー。可憐な田舎娘ビディ。骸骨婆さんミス・ハヴィシャム。そして永遠の美女エステラ。
 最初読んだ時は、エステラに焦がれるピップの心情に寄っていた。今回もやはり、純朴可憐で家庭的なビディよりエステラに軍配が上がりそうな気がする。
 前回と印象が違うのが、弁護士ジャガーズ。恐ろしさが判るようになった。社会の仕組み、ヒエラルキーが肌で感じられる年齢になったのだろう。
 引き続き、下巻に続く……。

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