小垣江蔵屋敷之事、明眼寺為寺中 永代奉寄進候、不入ニ申合候間、諸役并陣取狼藉之儀不可有之者也、仍為後日寄進之状如件
天文拾四年乙巳三月十五日
水野藤九郎
守忠(花押)
明眼寺
参
→新編東浦町誌「水野藤九郎守忠寄進状」(妙源寺所蔵)
小垣江の蔵屋敷の件ですが、明眼寺の領域内として、永代寄進いたします。不入の地となりますので、諸々の徴収や駐屯・乱暴は認めません。後日のため、寄進状をこのように発行します。
妙源寺は真宗高田派。鎌倉街道近くの桑子(岡崎市大和町)にある。
小垣江蔵屋敷之事、明眼寺為寺中 永代奉寄進候、不入ニ申合候間、諸役并陣取狼藉之儀不可有之者也、仍為後日寄進之状如件
天文拾四年乙巳三月十五日
水野藤九郎
守忠(花押)
明眼寺
参
→新編東浦町誌「水野藤九郎守忠寄進状」(妙源寺所蔵)
小垣江の蔵屋敷の件ですが、明眼寺の領域内として、永代寄進いたします。不入の地となりますので、諸々の徴収や駐屯・乱暴は認めません。後日のため、寄進状をこのように発行します。
妙源寺は真宗高田派。鎌倉街道近くの桑子(岡崎市大和町)にある。