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知行の重複

武田信虎の国外追放の要因を考えてみたが、拡張が止まった途端に不満が噴出するという事情の裏側には、知行の分配を巡る矛盾がひそんでいたと結論付けることが可能だと思う。同時代史料の『塩山向岳禅庵小年代記』にある「信虎平生悪逆無道也、国中人民・牛馬畜類共愁悩」、また『妙法寺記』の「余リニ悪行ヲ被成候間」というのは、無闇に好戦的だったからではなく、内戦克服時に発した約束手形が不履行になることを指しているのではないだろうか。 それを示唆する論文がある。息子晴信の晩年期の話ではあるが、武田氏の陥った知行重複について取り上げている。

武田氏研究26号「知行宛行の重複について―戦国大名武田氏、今川氏の場合―」臼井進

武田氏の場合では富士浅間神社社人に対して、空手形になり得る安堵状を発給してまでも領国の拡大をすることによって、知行の重複という矛盾を解決しようとしているのに対して、一方の今川氏の場合は原則的に当知行している者に安堵しており、しかも、その保証は安堵された者の力次第によってやっと知行ができるというものであり、矛盾が矛盾を呼んで三河領国の崩壊に繁がってしまうような安堵を行っていたことになるのではなかろうか。

この論考では今川氏真の知行重複も取り上げていて、これはこれで興味深い。二重三重にバッティングしている末期症状を指摘している。 閑話休題。武田氏の例としてここで挙げている要素を抜き出してみる。

  1. 武田晴信の駿河侵攻で富士浅間神社社人が敵対
  2. 社人は北条氏政の領内に退去
  3. 晴信は味方した国衆に知行を与える
  4. 甲相が再び同盟
  5. 社人が駿河に戻る(恐らく氏政からの同盟条件)
  6. 晴信は社人の元の知行を認めた上で、遠江で得るだろう新知行を約束

これは、今川氏の判物でもよく見るパターンである。

自然彼者雖属味方、為本地之条、令散田一円可収務之

知行を保障する際に「前の持ち主が味方に戻ってきたとしても知行の返却は認めない」という文言だ。 しかし、上で見た富士浅間神社社人の例のように、大名同士の協議で返却が生じることがあるし、敵方の国衆を寝返らせるためには「あなたの元の知行を返します」という検証a25:三河給人の扱い1 牧野保成の場合のようなこともありうる。つまり、有限の土地に対して、下記のようなステークホルダーが登場していく。

[note]

  • A 近臣で戦闘で尽力
  • B 前線の国衆で調整に尽力
  • C Aに攻められ、Bの説得に応じて降伏
  • D 紛争には無関係だがその知行地を以前領有していた敵方

[/note]

大名としてはまず勝たないと始まらない訳で、後先を考えず、Cの知行を餌にA~Dに働きかける(Cに対してすら、降伏したら安堵しようというケースがある)。この結果としては、大体が「みんな頑張りました」的な結末になる。 そこで大名は困る。功績判定が微妙になってきて、

[tip]

  • Cの知行を没収してAとBに分与
  • Cは牢人として戦闘待ち(約束手形)
  • Dはそのまま

[/tip]
こうした無難な知行割を選択したとしても、下のように、各自が不満を持つ要素は出てくる。

[warning]

  • A 戦闘による被害が出たのに半分しか貰えていない
  • B 最終的な決定打となったのに半分しか貰えていない
  • C 説得に応じて降伏したのに知行を没収された
  • D 元々の権利を持っているし知行を目当てに寝返ったのに得られなかった

[/warning]

不動産である知行は有限なので、これらの不満を押さえ込むためには、更なる拡大戦略を採るしかない。分国の拡大によって大名の権力は増大して多少強引な分配でも国衆を納得させやすくなる。 その一方で副作用もあって、統制しなければならない国衆も増えて彼らの利権主張も複雑になっていく……。これが戦国大名の本質だと思う。常に拡大しているか軍事緊張していないと、自らの知行重複の矛盾で崩壊してしまうのだろう。

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