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タグ «書状»

北条氏繁、白川義親へ、関東の戦況を伝え、蘆名氏との誓詞交換の促進を依頼する

御貴札奉披閲候、■承意、輝虎出張東上州ニ在陣、其上去月十日号桐生地へ兵粮可指入擬を以、越州■■■■処、頓速被乗向候之条、兵粮一粒も城中へ不入得、剰翌朝退散候、指向所雪水満水人馬之渡依無之、川上へ押廻、無二可遂一戦由被存候 …

上杉顕定、三田弾正忠に、高倉偵察を含む作戦動向を知らせる一方、椚田防御が重要であることを示す

就其口敵相動注進、只今戌刻到来、火手見候上無心元候間、長尾修理亮其外至于高倉差越候処、敵入馬候由、告来候間、至于酉刻帰陣、今日刷之次第、被露紙面候、無是非候、椚田事大切候、彼地へ動候者、則被馳籠、堅固之備肝要候、恐々謹言 …

上杉憲房、発知山城入道に、権現山合戦で戦死した大沢右京父子の相続を指示する

大沢右京父子去年上田一戦之時討死、然処名代可相続骨肉無之歟、因茲為近所故、孫子亀寿致彼遺跡、忠儀不断絶様ニと申候哉、殊彼骨肉親類中ニ無拠遺跡可令相続人体罷出申事候者、其時者不及異義可相渡段、以書付申之間、任其義候、彼後家 …

足利高基、横瀬新六郎が長尾但馬守と活躍したことを賞し、憲房の武蔵出兵に意見するよう伝える

[封紙ウハ書]「(異筆)『永正九年七月七日到来』横瀬新六郎殿 高基」 今度長尾但馬守相談、於其口大功候之条、忠信之至候、然者、至武州憲房出陣、被相急之様景長令談合、可加意見候、巨細昌松首座可令対談候、謹言、 七月二日   …