今川義元、奥平定勝の知行分を安堵し、諸権益を認める
一知行分本知之事者、不入之儀領掌訖、新知分者可為如前々事、 一親類・被官・百姓以下、私之訴訟企越訴事、堅令停止之、但敵内通法度之外儀就有之者、可及越訴事、 一被官・百姓依有不儀、加成敗之処、或其子、或其好之人、以新儀地之 …
一知行分本知之事者、不入之儀領掌訖、新知分者可為如前々事、 一親類・被官・百姓以下、私之訴訟企越訴事、堅令停止之、但敵内通法度之外儀就有之者、可及越訴事、 一被官・百姓依有不儀、加成敗之処、或其子、或其好之人、以新儀地之 …
今月廿四、伊奈要害乗落候刻、酒井弥七同前ニ、於小口粉骨ニ神妙之至、無比類感悦候、尚酒井弥七可申候、恐々謹言、 五月廿七日 氏親(花押影) 灯明坊 →愛知県史 資料編10「今川氏親感状写」(大福寺文書「大福寺古案」) 今月 …
七日、辛丑、晴、(中略)大隈来、参川国去月駿河・伊豆衆敗軍事語之、(後略) →愛知県史 資料編10(実隆公記 永正五年十一月七日条) 7日。辛丑。晴れ。(中略)大隈が来て、三河国で先月駿河・伊豆国の軍が敗退したと語った …
先度以状申述候、為其国合力、来十六日諸勢可差越候、田原申合、抽而其動肝要候、例式於無沙汰者不可然候、此方勢衆逗留之内ニ細川ニ一城取立、上野通路無相違候様ニ、調談専一候、此儀就庶幾者、各以近番、加西衆可■相踏候、巨細諸勢相 …
雖未申入候、以次令啓候、仍関右馬允方事、名字我等一躰ニ候、伊勢国関与申所依在国、関与名乗候、根本従兄弟相分名字ニ候、以左様之儀、只今別而申通候、諸事無御等閑之由、被申候、別而我等忝存候、以後者、関方同前ニ無等閑候可為満足 …
雖未申通候、以事次一筆令啓上候、仍関右馬允無御等閑之由被申越之間、自早雲以一札被申述候、太刀一腰令進覧候、巨細猶重可申入候間、不能具候、恐惶謹言、 九月廿二日 弾正忠盛泰(花押) 謹上 小笠原左衛門佐殿 御宿所 →愛知県 …
雖未懸御目、伊勢早雲庵より為使者罷越候、尤御在城迄参、被申付子細、以口上可披露至覚語候処ニ、関方先々此方ニ相留候へ之由、堅被申候間、不能其儀候、仍駿州・頭州申合、田原弾正為合力被罷立候、然間、此度貴殿様別而申合、当国之時 …
昨日十八申刻、就其方時宜、自関右馬允所注進到来候、横井へ御手遣、千秋万歳目出度存候、何事候共、相当御用、走廻度心底計候、当地事、今明日間可落居候間、自是必令啓候、猶無御心元候間、先以飛脚申候、猶関右馬允方へ申候間、定可被 …
依無差題目、遥久不能音問候、素意外候、其国如御本意之由候、目出於此方令歓喜候、就中参州儀、田原弾正兄弟数年憑此方候之間、度々成合力来候処、近日敵令同辺候、前代未聞候哉、就其可成一行所存候、毎事無御等閑候者、可為本懐候、何 …
於今度三川陣、抽而令粉骨由候、神妙尤感悦候、於向後弥可走廻候段喜悦候、猶朝比奈弥三郎可申聞候、恐々謹言、 十一月十六日 氏親(花押) 伊達蔵人丞殿 →愛知県史 資料編10「今川氏親感状」(駿河伊達家文書) 1508(永正 …