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糟尾寿信、糟尾養信斎に、北条氏邦の療養について述べる

房州様当地箕輪御在城附而、我ゝ令得御介抱候之刻、其方不退御薬等神妙ニ進上、依之、為氏邦御内意、合薬之儀、就覃助言、自分江も別而懇意、殊一両月医書悃望之間、肆読之契介申候条、製名字之一分ニ有之、医道之末裔に與、内訴之所、雖遠慮之儀候、右之旨趣、難黙止之間、任承染筆頭候条、仍如件、

天正拾一[癸未]年

五月十六日

 糟尾 法眼寿信(花押)

糟尾養信斎 参

→戦国遺文 後北条氏編2536「糟尾寿信判物写」(武州文書所収児玉郡医者衛次所蔵文書)

 安房守(氏邦)様が当地箕輪にご在城で、我々が介抱しておりました時、あなたが退かずお薬を神妙に進呈、それによって氏邦は回復しました。薬の合わせ方も助言いただき、自分へも特別に懇意にしていただきました。特に1両月は医学書をお望みでしたので、『肆読之契介』を申していますから、苗字の一分を製して医道の末裔にと内々に訴えたところ、遠慮のことではありますが、右の趣旨もだし難く、承ったことに任せて筆を染めました。

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