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今川義元、三河国永源寺に禁制を下す

[印文「義元」I型]参河国篠原郷永源寺之事

一祠堂寄進田弐町[寮舎共]之事

一買得之田地壱町八段之事[但自此内地頭方江年貢銭参貫六十余納之云々]

一増米弐斗八升余之事

一祠堂之米銭取引之事

一諸寮舎買得之田地、何方仁雖有之、任証文不有相違之事

  付、諸末寺如前々可被相計之事

 右条々、如年来永領掌了、山林見伐所令停止之也、弥修造勤行不可有怠慢者也、仍如件、

弘治参年

五月八日

治部大輔(花押)

永源寺

→戦国遺文今川氏編「今川義元朱印状」(豊田市篠原町・永澤寺文書)

 三河国篠原郷永源寺のこと。一、祠堂・寄進田2町(寮舎=附属組織も含む)のこと。一、買い取った田1町8段のこと(但し、この中から地頭方へ年貢銭3貫60文余りを納めるという)。一、増収した米2斗8升余りのこと。一、祠堂の米・銭を取引すること。一、諸々の附属組織の田は、どこにあったとしても証文の通りとして、相違はないこと。付則、諸々の末寺は前々のように取り計らうべきこと。

 右の条々は、年来のように末永く了解する。山林の伐採計画は停止するように。ますます修行・勤行に励み、怠慢しないように。

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