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震災に知る都人の驕慢

3月11日、東北を激震が襲った。その後凄まじい津波が東北太平洋岸を襲い、犠牲者は万を優に超えるという(3月15日現在)。同時に福島第一原子力発電所のメルトダウン、火力発電の修復もままならず、東京でも節電が叫ばれるようになった。

その一方で、現職都知事の「地震は天罰」発言に衝撃を受けた。『天罰』とはまた、破廉恥な言い様である。人間として他人の存在をここまで切り捨てられるのだろうか。巻き込まれた被災者が『天罰を与えられてしかるべき人間』だったと主張するなら、その根拠を示すべきだろう。判っているだけで1万数千人分、各個に記述しなければならない。示せないのに発言したのなら、公職を今すぐ退くべきだと思う。発言撤回・謝罪で済む話ではない。

都民も同じエゴイズムを発揮していると感じられた。被災者がパンで食べつないでいる状況は報道されている。ところが、都内で買い占められたのはパンとカップ麺、乾電池である。また、ガソリンが不足していることは判っているだろうに「電車が混んでいるから」と自動車・バイクに乗り、給油制限があると文句を言う。眼前の物資がそのまま東北へ行く訳ではないが、買い占めで物価を吊り上げて何のメリットがあるのだろうか。被災者が困っているテレビ映像を見ながら、パンをほおばり、3時間程度の計画停電のために乾電池を蓄積し、自動車通勤することで優越感を味わいたいとでも言うのか。被災者は、火を使った調理ができないためにパンを食べているのだ。本来なら暖かい食事がとりたい筈だ。そして無期限の停電の中、乾電池も不足している。ガソリンだって発電機には必須なのだ。

私は震災時都心におり、帰宅困難者となった。賃貸住宅ではあるものの、自宅に帰るまでは不安でいっぱいだった。トン単位で溜め込んだ書棚が崩れていると想定し、暗澹たる気持ちになったものだ。ところが、翌朝帰宅したら書棚は無事だった。余震の連続で緊張しっぱなしだった反動もあり、座り込んでしまった。たかが書棚で、これである。家を失い、家族・同僚を亡くした被災者の気持ちは、量る由もない。懸命に生きる被災者、各国から来た救助隊、自衛隊・消防などの公職者、皆々の健闘を最大限応援したい。

米・餅・乾電池・ガスコンロなどを買い貯めた東京都民は、東北被災者に愧じぬ行動をとるべきだ。当然、物資は個別に寄付するものと思う。でなければ、何の故をもって首都市民を名乗れるのか理解不能である。被災者に比べるならば、我々に何の不便があるというのか。

歴史研究・ディケンズとは関係がないが、特に一筆記す。

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上記は普段眠っているであろうポイントを利用した義捐金の募集となる。

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