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検証a17:文書関連地点の分布について

 GoogleMapを利用した、桶狭間関連文書で記述された地点の一覧をページとして追加した。コメント付けが一部のみとなっており未完成であるものの、以後の参考となるよう掲示し、適宜コメントを追加する。
 このマップで判明している特異点には以下のものが挙げられる。後の研究課題として考慮する予定。

  1. 岩村・武節・寺部を結ぶ三角地帯では、織田・武田・今川各氏の勢力が微妙に入り組んでいる。犬居から岩小屋に進出した天野氏が岩村衆と対峙している間武田氏はどのように動いていたか。
  2. 沓掛を拠点としたと思われる丹羽隼人が福外城に駐屯を命じられているが、どの勢力と対峙した位置関係なのかが不明(日進市方面の丹羽氏と沓掛の丹羽氏の関係も同じく不明)。
  3. 今川氏真書状で合戦関係地が沓掛・鳴海・大高に絞られているが、沓掛だけ少し離れている。敵方が織田氏であった場合最も前線にある鳴海だけが残り、沓掛・大高が自落したという記述がどのような状況を指しているか不明。

 各地点の位置は、角川地名辞典と日本城郭大系によった。

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