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マーティン・チャズルウィット 下巻

 意外と早く読了。後半はいままでの伏線(若マーティンを援助したのは誰か、老マーティンはペックスニフに洗脳されたのか、謎の入院患者は誰か)が一気に解き明かされつつ、若マーティンとジョン・ウェストロックの恋愛が成就される。この辺りは割と前期作風の奔放な筆致が活きている。
 その一方、ジョーナス・チャズルウィットの殺人とその謎解きは後期の重厚な構成の先触れを成す。また、ペックスニフの一族はディケンズ作風で余り出てこないパターンだったので興味深い。ジョーナスに虐げられた挙句未亡人となったメリー、結婚式をすっぽかされたその姉チャリティ、零落したのに恩着せがましくトム・ピンチにたかる偽善者ペックスニフ(メリー・チャリティの父)。それぞれが滑稽な面を発揮している。
 滑稽な悪役はディケンズだとよく登場するが、『間抜け』ぶりはペックスニフが群を抜いている感じがする。最終的に偽善の仮面を剥ぎ取られて辱められるシーンでも、追求者一同の怒りと噛み合わない言動を示していたりする。『リトル・ドリット』では悪役だか善玉だかよく判らない人物が出てくるが、そのプロトタイプの一つなのだろうか。
 メリーは不幸な結婚が終わって新たな人生を始める。下巻も押し迫ってきて、ディケンズが急速にこの人物に注目し始めているのが判った。とはいえ『利己心』をモチーフとした本筋からは逸脱してしまうので自重したのではないかと思う。彼女は恋にあぶれたトムと結ばれるのかと思ったが、最後のエピソードでトムは独身のまま老いていったという描写があった。善意の権化であるトムがそれ故に自己犠牲を強いられるという矛盾は、『骨董屋』のネリーがその純粋さから夭逝するのと似ている。
 しかし、上巻・中巻の異常な退屈さは何だったのだろう……。後半は普通のディケンズだったのに。

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